9 惚れ薬被害者の会(仮)ムーア・フェル教皇子息
大聖堂は演習場の反対側にある。学園内部の教会であっても、そこには神官がいて、教徒として生活を送っている。
目当ての彼は別にここで暮らしているわけではないが、朝と放課後はお祈りに来ていると噂になっていた。世襲制ではないが、教皇子息としてはお手本の様な行動だ。
甘いマスクに緑色の長い髪をした、ムーア・フェル教皇子息。優しい顔立ちと穏やかな話し方は、全てを委ねたい(色んな意味で)という女生徒を量産していた。眼鏡なあたりも知的だと好評だ。
彼もまた人気だけなら公爵家のご令嬢を嫁にもらってもおかしくないのだが、教会が力をつけることを嫌う貴族は当然いる。なので、まだ婚約者はいない。
聖堂には神官がいるにしても、寄贈されたものは無碍にはできないはずだ。噂どおり優しい人なら尚更。
とにかく一人になりがちな人から私は声をかけて回っている。内容は2つだけ。
食べ物をもらったら食べずに私に1日預けて、誰から貰ったかもメモを入れておいて欲しい、という事と、今日の放課後会議室を押さえておくのでそこに来てください、お話しなければならない事があります、の2つだ。
アリアナ嬢とて見知らぬ男性にいきなり先陣を切ってお菓子を渡す愚行はしないはずだ。だが、一人きりになりがちな人ならそうとも言えない。
グレアム様もバズ殿下もミュカ様(魔術師団長の家系の方だ)も、どちらかと言うと人の輪に加わっている方だ。グレアム様とは2年生でクラスが離れて、そこら辺から様子がおかしかった。
動くのは人気が出ていろんな人がプレゼントを渡し始める時期……と、私は睨んでいるが、一人になりがちな方はもっと早くから『仕込み』が始まってもおかしくない。
と、大聖堂の前についた。大きな扉を開けると、祈りを捧げているムーア様の姿があった。絵になるな~、などと思いながら眺めていたが、それどころではない。
かと言ってお祈りの邪魔をするのも良くない。私は最前列の椅子に座って祈りが終わるのを待った。
「何か御用ですか?」
割とすぐに彼は立ち上がり、柔和に微笑んでこちらに話しかけてくる。15歳にしてこの貫禄、将来の教皇はアンタだ大将。
「ムーア・フェル様。はじめまして、ニア・ユーリオと申します。本日は2つのお願いがあって参りました。——国に関わる懸念があります。眉唾と信じていただけないかもしれませんが、お願いを聞いていただきたいのです」
「ユーリオ伯爵家の方が、そのように物騒な事を安易に言うとは思えません。お話をお伺いしましょう」
ありがとうお父様お母様! 寄付金をちゃんとしていてくださって!
名前を聞いて爵位まで覚えられていると言う事は、要はそういう事だ。誰だって自分たちの生活を支えている人の名前を忘れたりはすまい。……さすがに、苗字のない領民の名前を全部は無理だけれど、それでも領地の町や村の名前は私も覚えている。
私は先の2つのお願いをした。彼は不思議そうにしていたが、分かりました、と告げて頷く。時間も放課後の何時と細かく伝えたので、彼の貴重な時間を無駄にはしないだろう。
こんな朝早くから自分の道を決めて修練に励む2人は立派な方だ。
みすみす惚れ薬(劇薬)の魔の手に落ちさせたりしませんから! 私のためにも!




