7 語られる真相、早急に手を打つべき事態
しばらく土下座している姿を眺めながら紅茶を飲んでいたのですが、流石に沈黙の中でお茶を飲む音だけがするというのはどうかと思う。ちょっと居心地も悪い。だけど、惚れ薬(劇薬)を盛られていたのだから暫く頭は下げていてもらった。
自家製の普通のお菓子を一口齧ってから茶器の皿に置いて、私はため息を一つ吐いた。
「頭を上げてください。あ、床には座っててくださいね」
「はい……」
正座させたまま、私はどうしたものかと思っていた。
世の中では眉唾物として信じられていないが、お祖母様のような魔術師にかかれば見破られる、折り紙付の惚れ薬。
劇薬だと言っていた。私はそれを体感として知っている。ただ、私にそんな物を使いながらグレアム様が単に心変わりするとは思えない。今も、心から反省して嫌われまいと床に座っている。侯爵子息ともあろうお方がだ。
「色々聞くべきことはあるんですけど……、なんで、婚約しているのにこんな薬を使おうなんて思ったんです?」
余りにも素朴な疑問だった。が、グレアム様は爽やかなお顔を苦悩に歪めて床に拳をついて力説し始めた。絞り出すような声で。
「ニアは……分かっていない。その菫色の美しい髪も、同じ色の瞳も、桃色の唇も、その美貌がどれだけ飛び抜けて美しいのか。いつ、誰が見染めてもおかしくない。いくら婚約しているからとはいえ、ニアの家は伯爵家だが財政的にも発言力も申し分ない。ニアの気持ち一つで俺は捨てられる……、婚約者だからってそんなの何の保証もない。だから、俺は、俺は……8歳の頃から君に……!」
「待ってくださいそんなに前からですか?!」
たまげた。7歳で婚約して、まだ子供の8歳の頃から惚れ薬(劇薬)を盛られていたなんて。これはミスト侯爵家は全員グル、グレアム様の独断では絶対に無理だ。
8歳の子供が「婚約者が可愛すぎていつ誰にとられるか分からない」という不安に陥ってるのも怖い。どれだけ情緒先行型で育ったんですか。その頃の私、何考えてたっけな。児童文学とか読んでた気がするな。冒険物とか。
「8歳の子供のおねだりで惚れ薬を盛るって……どうしてそんな事に。そもそも惚れ薬ってそんなに入手できるものなのですか?」
「……うちは、侯爵家で……子爵家の、つまり直轄地の査察に行くことがある。担当している領地の一つに、……世間では知られていないが、惚れ薬の材料と製造法を知っている家系がある。もともとは王宮薬師団に席を置いていた家系だが……余りに精神に作用する薬を製造するので、数代前に子爵位を与えられて領地運営をしている。材料は、それぞれなら安価で有用な薬の素になる薬草だ。……まぁ、その伝手で」
「それ割とブラック寄りのグレーですよ?!」
そんなもの、世間でいう眉唾物扱いの惚れ薬じゃなくて、本物のヤバい劇薬のガチ効き目がある、正真正銘の精神に作用する惚れ薬じゃないか。
そんなものを8歳の子供に使わせるミスト侯爵家にもドン引きだが、そんなレシピを持って今は表向き平然と子爵をしている家系にもドン引きだ。怖すぎる。
我が家にも祖父母という前例があるのでなんとも言えないが、宮廷薬師団を追い出されても『知る人ぞ知る!』みたいにヤバい薬を流しているのがもうヤバい。
そして子爵。私は1回目の記憶とそれが繋がってしまった。嫌な話だ。あの高級ブティックもビックリなラインナップを揃えた方法が分かってしまった。
「一応確認しますけど、まぁ惚れ薬が眉唾物として扱われていて今規制されている物じゃないというのは知っているので捕まえたりはしませんので、素直にお答えくださいね」
「はい……」
すっかり叱られた犬のようになっているグレアム様は、今ならなんでも話してくれるだろう。そしてこれは、確認である。確信をより強固な物にするための。
「その子爵家は、ヴィンセント家で間違いありませんね?」
グレアム様は驚きを顔に貼り付けて私を見ると、ゆっくりと頷いた。
私は浮気男から婚約破棄されてざまぁされようと思っていたが、取り巻き男のラインナップを思い出して頭が痛くなる。
もし、もしこのまま放っておいたら……ただの令嬢が男漁りをしていたでは済まない。
何故なら、王子に教皇子息に騎士団長の家系の長男に宮廷魔術師団長の家系、そしてグレアム様の家は侍従長を勤める家系だ。だから子爵領の査察も任されている。
……思ってたよりやばくないです?
国家を転覆させることもできる。そんなシナリオが簡単に思い描けてしまう。学園という場所で、私は思ったよりもまずい事に巻き込まれていたようだ。
だから、1年生から。……私はグレアム様を床に座らせたまま、惚れ薬(劇薬)についてと、ヴィンセント家について聞けるだけの事を聞いた。




