10 惚れ薬被害者の会(仮)ミュカ・ドンソン伯爵子息
ひとまずお一人行動をされる方への声がけは終わり、私はまだ少し早いですが教室に向かった。
校舎の入り口は建物の真ん中にあるので、教室の下を通って普通に歩いていたのだが、ちょうど校舎に入ろうとしていた男子生徒がこちらに向かって駆け出してきた。
「危ない!」
「え?」
叫び声にピタっと足を止める。
瞬間、頭の上で何かが破裂音と共に弾けた。パラパラと何かだったものの残骸と土が降ってきて、足元にぼとぼとっと根がついた花が落ちた。
「危なかった……大丈夫、ではないですね。すみません、女性は身だしなみを気にするのに鉢植えだけで精一杯で……」
「いえ、お陰で命が助かりました。……謝罪も無いところをみると、故意のようですし」
上を向くと3階のベランダに引っ掛けてある鉢植えがひとつない。見上げても誰もおらず、明らかな故意だ。見当はついているから、まぁ今はいい。
私があまりに冷静なので、目の前の男子生徒は訝しそうにしている。彼にも用があったので、むしろ好都合だ。
15歳にして落ちてくる鉢植えを的確に破壊する魔法が使える……、素晴らしい才能だと思う。
ミュカ・ドンソン伯爵子息。魔術師団長の家系の後継だ。私が声がけしようと思っていた将来のアリアナ嬢の取り巻きの一人。
「ちょっと失礼……『エア』」
「あら」
髪や肩についた土や破片を払っていると彼がふわりとした風の魔法で払ってくれる。こういう時魔法って便利だわ、触らずに綺麗にしてもらえて助かった。
「ありがとうございます、ミュカ様。私はニア・ユーリオです。……あなたにお話がありましたの」
「僕にお話が? あ、あのユーリオ伯爵家の方でしたか。あなたの祖父母の凄さは我が家では嫉妬を通り越して尊敬されています。そんなあなたのお話でしたら伺いましょう」
長い紫紺の髪を括って前に垂らし、青い理知的な瞳をした彼は私の家名を聞いて居住まいを正した。
ここでも、ありがとうお祖父様! お祖母様! である。
話を弾ませたい所でもあったが、私は2つのお願いをするだけして、始業になりそうだったので放課後にと約束して教室に戻った。
彼も祖父母の事に興味があるらしく、魔法も使えるのならより深い協力を仰ぎたい所だ。ただ、お祖母様のように私が『2回目』である事は見抜けなかったので、まだまだこれから成長される方なのだろう。
それにしても……きっとグレアム様が取引の中止を申し出たからだろう。
惚れ薬が違法とされていないのは、あくまで世の中に出回っている殆どが『眉唾物』だからである。『本物』が流通していたら……1回目の時のように簡単に人心を掌握できてしまう。
宮廷薬師団を追放されて何代経ったかは知らないが、今この時にその末裔と、ここまでの将来優良物件が揃うなんて奇跡に等しい。
一人だけグレアム様の婚約者である私はさぞかし邪魔だったろう。そして、早速消しにきた。
グレアム様は私狂いでなければ頭のいい方だ。私が死ぬことになったら必ず大きく動くはず。だが、死んでやる気は微塵もない。ちょっと動きの早さにびっくりしたけれど、今後は何か落ちてきそうな所を歩くのは気を付けよう。
思い描く最悪の未来を回避する……うーん、ざまぁされて平和に終わろうと思っていたのにな。
私の平穏はまだまだ先のようだ。1年生からやり直し、だしね。




