第4-4話 友達と魔術師
「それで今日は帰ってくるのが遅かったんだ」
イグニが今日あったことをユーリに伝え終わるなり、ユーリはそう言ってイグニを見た。
「ああ。ミコちゃん先輩は喜んでたし、良い事できたよ」
「んー。男の子にプレゼントするなら、ボクも呼んでくれれば良かったのに」
(えっ!? 男の娘!!?)
と、イグニは驚愕したが、
(ち、違うか。男の子か)
と、すぐに冷静になった。
「ま、まあ。でもユーリは見た目がな」
「もう! みんなおかしいよ! どっからどう見てもボクは男の子でしょ!?」
そういってユーリがイグニに一歩近づく。ふわりとユーリの白髪が舞い、やわらかく良い匂いがイグニとユーリの間を埋める。これはイグニの物ではない。ユーリのものだ。
「そ、そうだな。男の娘だな……」
「本当にそう思ってる!?」
発音が全く一緒であるが故の行き違いである。
「も、もちろん。そりゃ、ちゃんと思ってるぜ」
「なら良いんだけど」
むす、と頬を膨らませてちょっと怒りを露にするユーリ。その姿はどっからどう見ても男には見えない。が、ユーリがそう言うのだから信じよう。うん。
「そうだ、イグニ。ボク、村に帰る日が決まったんだ。だから、悪いけどその日は自分で起きてね」
「おう。任せろ。こう見えても一人で起きるのは得意なんだ!」
「……イグニ。君のことはすごいと思ってるけど朝の弱さに関しては人一倍だよね」
「昼まで寝るから大丈夫」
「解決になってないよ」
ユーリがそう言うと、2人で笑いあう。
「そういえばユーリってどこの村なんだ?」
「ボクの村? アウライト領の端っこの方にある小さな村だよ」
「そうか。アウライト領にあるのか」
アウライト家といえば名門貴族だ。家から数々の騎士や将軍を排出しており、魔術だけではなく剣の技も磨いているというゴリゴリの軍人一家であり、その末娘も一流の魔術師としてロルモッド魔術学校にやってきている。
そう。エリーナだ。彼女の本名はエリーナ・アウライト。
女の子の名前を一度覚えたら絶対忘れないイグニはすぐにそれを思い出した。
「じゃあ、エリーナは」
「うん。領主さまの娘ってことになるね」
「それにしては普通に喋ってなかったか?」
「だってエリーナさん。なんだか、ボクが下にでるの嫌いそうじゃない?」
「嫌うっていうか、そういうのは気にしてなさそうだけどな」
エリーナは自分の成績が最優先という感じがする。中間試験である実力試験で次席になったときの落ち込み具合は半端じゃなかったし。
「アウライト領と言ったら王国の東側か。遠いな」
「うん。王都まで馬車を乗り継いで数日はかかるよ」
アウライト領は王国の中でも端の方に位置するため、その端っこといえば王国の中でも最果てに近いところだろう。
そりゃ確かにミル会長もユーリの下調べをしても情報がロクに出てこないに決まってる。
「そうか。じゃあ、帰るのでも大変だな」
「うん。まあね。イグニはずっと寮に残るの?」
「そのつもりだな」
「そういえば、イグニの家ってどこらへんなの?」
「俺に家は無いよ」
「ご、ごめん!」
ユーリがすぐに謝ってくる。彼女……じゃなくて、彼からすればとんでもない地雷を踏み抜いた感じがしただろう。だが、1つも気にしていないイグニは普通に笑って返した。
「別に大したことじゃないよ」
「そ、そうなの?」
「ああ。じいちゃんは生きてるしな」
お父さんも生きてるんじゃないの、とユーリが続けることはなかった。『大会』の終わりにイグニの父親らしき人をユーリは遠巻きに見ていたが、イグニと彼の間にどんな確執があったのか分からない以上、踏み込むべきではないと判断したのだ。
だからユーリは、
「そっか」
とだけ、微笑んで返した。
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「姉さま。そろそろ、夜になりますよ」
「うん。そうだね。今日はここら辺が頃合いかな」
夜のとばりが空を覆う頃、2人の少女たちがとぼとぼと肩を落として森の中を歩いていた。普通なら馬車が走っており、それで移動するのだが彼女たちは運賃をケチって徒歩で隣街に行こうとしているのだ。
「今日は野宿にしよう! キノコスープ作っちゃうよ!」
「わぁ! 今日は姉さまのキノコスープですか!? 嬉しいです!」
「まっかせときなさい! ちゃーんと妹ちゃんの大好きな味にしてあげるから!」
「嬉しいです!!」
互いのことを姉と妹と語り合う2人。
だが、この2人は本物の姉妹ではない。
「よし。ここら辺に今日は寝よっか。テント張るから妹ちゃん手伝って」
「はいです。姉さま」
2人はさくっとテントを立てると、妹の方が魔術を使って火を熾した。
薪に火が燃え移っていく中で、姉の方が手早く料理の準備をする。
魔術で水を生み出して鍋の中に入れると、今朝採ったばかりのキノコを鍋の中に放り込んでその他調味料を入れていく。お金がないのでちょっとずつだ。
煮える間にナイフを取り出して、姉の方がパンを切って妹に手渡す。
「姉さま。次の街までどれくらいあるのでしょうか?」
「そうね。この調子いけば明日の夜くらいには到着すると思うんだけど」
姉の方は疲れ切った顔をしてスープを混ぜる。
「ごめんね。妹ちゃん」
「……姉さま?」
「本当だったら妹ちゃんは傭兵として今頃名前を売り上げてるころだったのに……」
「な、何を言ってるんですか。姉さま! 私は姉さまだから、ここまでついてきたんです!」
妹の方が焦ったように、立ち上がる。
「姉さまは天才なんです! もっと自分に自信を持ってください! 魔術しか使えない私が、ちゃんとご飯を食べれるようにしてくれたのは他でもない姉さまじゃないですか!」
「でも……」
姉の方が肩をがっくりと落とした瞬間、遠くの方から魔術の炸裂音が響いた。
「……妹ちゃん!?」
「あっちから……」
夕暮れが闇に落ちていく中、2人して臨戦態勢。追いはぎや野盗の類かも知れないからだ。だが、音の聞こえて来た方ははるかに遠く。
「姉さま。どうします……?」
「行こ。妹ちゃん」
心配そうに聞いてきた妹の頭をなでて、姉が立ち上がる。
「もし野盗に襲われている人がいたら、助けてお礼をしてもらえるかも知れないし! 冒険者たちだったら、帰れば良いだけだし!」
「流石は姉さまです!!」
「じゃあ行こっか!」
「はい!」
2人は気配を消して、魔術音のした方に近づく。その途中で風にのって漂ってきたのは、血の臭い。姉の方が腰に差している短剣を手に取る。
木の陰に隠れて、声の主を見る。そこに居たのは複数の男たち。
「ひ、ひいいい。命だけは。命だけはお助けくださいぃいい!」
「あァ!? だから、金になるもん出せば助けてやるって言ってんだろッ!!」
見れば商人らしき男の周りを囲うようにして野盗たちがいた。その近くには血だらけになった護衛もいる。
(妹ちゃん。大チャンスだよ……!)
(ですね! 姉さま!)
(妹ちゃんは野盗たちを【闇】魔術で拘束して!)
(はいです!)
次の瞬間、商人を囲んでいた野盗たちが影に沈んでいく。
「な、何だ!? 誰だ!!?」
「あ、足が動かねえッ! 沈んでいく!!」
「あ……? え? な、何が??」
野盗たちと同じように周囲をぐるぐると見回す商人。
そして、その混乱の中で姉が口を開いた。
「もう大丈夫! 私たちが来たわ!!」
ぱっ、と周囲の視線が姉の方に向けられて。
「だ、誰だテメェはッ!」
「一度しか言わないから良く聞きなさい!!」
姉が胸を張る。その後ろには妹が控える。
「私は“白”のラニアッ!」
「わ、私は“夜”のニエ!」
商人も盗賊も、ぽかんとした顔で彼女たちを見る。
「2人合わせて」
「「“白夜姉妹”!!」」
ばーん!!
「……決まった」
と、ちょっとドヤ顔になった姉のラニアがそう言ったのはご愛敬。
だが、盗賊も商人も新しい乱入者に飲まれるだけで何も言わず、わずかな静寂が過ぎ去った後。
「か、神様……?」
ぽつりと呟いた商人の言葉だけが、彼女たちの耳に届いた。




