第23話 【アフターストーリー】義妹のサプライズ
鳳月の娘、義姉妹の姉の方、小夜子はその日も仕事をしていた。
彼女の職場は自宅マンション。いわゆる在宅フリーランスだ。
居間にノートパソコンと液晶タブレットを広げ、タッチペンでタブレットに何やら描き込む。彼女の仕事はイラストレーターなのである。
その日は夜までにイラストを一枚仕上げてクライアントに送り、問題なければ納品される予定になっていた。
彼女のイラストにはファンが多く、SNSのフォロワーは五桁を超える。しかし、誰も彼女の正体を知らない。実は鳳月グループの社長令嬢でした、などという噂が広まれば、フォロワー数はこの程度ではおさまらないはずである。
「ふぅ……」
ポモドーロタイマーのアラームが鳴り響き、一旦休憩することにした。
彼女は二十五分作業をして五分休憩する、というパターンを守っている。それが彼女にとって、集中力を保ち、疲労を抑えるのに最も良いリズムだと知っていた。
休憩中は軽くストレッチをしたり、身体を伸ばしたりして運動不足も補う。座りっぱなしはやはり、身体に堪えるのだ。
昼食を終えた昼下がり、小夜子は一日かけてずっと絵を描いている。彼女が好きでやっていることで、お金を稼げるのならそれが一番良い。
ピピ、とタイマーが再び鳴って、席に戻った。小夜子は真剣な目つきでタブレットと向き合い、時々パソコンの大きな画面で全体図を確認しながら描き進めていく。
「麗ちゃんも、今頃お仕事してるのかな……」
誰にともなく、ポツリと呟いた。言葉は天井の角に吸い込まれていく。
小夜子の義妹、麗華は小夜子の恋人でもある。
小夜子は麗華の告白を受け入れ、屋敷を飛び出してこのマンションに住み着いた。
ここの暮らしは悪くない。快適だし、近隣住民も優しく接してくれる。
ただ、二十代の社会人になった彼女たちは、学生時代ほどは自由な時間が多くはない。一緒にいられる時間は減った。
麗華は外に働きに出て、小夜子はこうして家の中で黙々と仕事をしている。
仕方ないとは思う。父からの仕送りがあるとはいえ、義姉妹は家を出た身だ。自分たちでお金を稼いで自立しなければならない。
ただ、この生活に一抹の寂しさを覚えないと言えば嘘になる。
それでも、麗華は小夜子を退屈させないように、心を砕いてはいるのだが――。
「麗ちゃんに、早く会いたいなあ……」
しかし、そう呟いても詮無いこと。
小夜子は大人しく仕事に戻った。
「――ちゃん、……小夜ちゃん」
「え?」
ガバッと机から顔を上げる。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
傍らで、「大丈夫?」と言いながら、麗華がクスクスと笑っていた。
「小夜ちゃん、前髪跳ねてる」
手ぐしで髪を直してくれる義妹を見上げながら、ふとハッとする。
「そうだ、絵! クライアントに送らなきゃ……!」
慌てて画面の暗くなったパソコンを立ち上げると、既にクライアントからOKの返事が来ていた。既に納品は完了している。
「小夜ちゃん、ここ数日ずっと同じ絵にかじりついてたもんね。納品した安心感でずっと張り詰めてた緊張の糸が解けて寝落ち……って感じかな?」
麗華は小夜子の体調を気遣っているようで、「大丈夫?」と顔を覗き込んだ。小夜子は笑って「平気だよ」とゆるゆると首を横に振る。
きっと、外に働きに出ている麗華のほうが、ずっと大変に違いないのだ。お互いに家計を支え合っている身で、弱音は吐いていられない。
「ところで……小夜ちゃん、今日は何の日か分かってる?」
「うん?」
不意に麗華に問いかけられて、思考がフリーズした。
はて、今日は何月何日の何曜日だったか。
依頼されたイラストの納品日、という情報以外わからない。なにか重要な日だったろうか。
答えに窮している様子の小夜子を見て、麗華は「小夜ちゃん、重症だね。働きすぎなんじゃない?」と肩を竦める。
「とっても大切な日だよ。忘れちゃダメ。……ほら」
麗華が紙袋から何かを取り出し、小夜子に渡した。
それを確認すると、どうやらマカロン――表面に小夜子の好きなキャラクターの絵が描かれている。
「え――青嵐くん? なんで?」
「お誕生日おめでとう、小夜ちゃん」
小夜子はキョトンとした。
大事なことを、それまですっかり忘れていたのである。
「あ……私の、誕生日……?」
「そんなことを忘れるなんて大変だよ。少しは休みなね。甘ーいマカロンでも食べてさ」
麗華はウィンクしながらマカロンの箱を小夜子の手に持たせた。
小夜子は目をパチパチしながら、マカロンを見つめている。
「ありがとう、麗ちゃん。一緒に食べよう」
「いいの?」
「いいの。嬉しいことは共有した方がもっと美味しく感じるから」
「では、お義姉様のお望みのままに」
わざとかしこまった義妹に、義姉は微笑んだ。
――きっと、義姉妹はお互いを支え合って、これからも幸せに生きていくのだろう。
〈了〉




