第22話 【アフターストーリー】義姉妹のバレンタイン
小夜子と麗華の義姉妹が鳳月家を飛び出して、七年後の二月。
季節はバレンタインを迎えようとしていた。
「麗ちゃん、はい、チョコ」
小夜子の差し出した小さな紙袋には缶ケースが入っており、その中に高級チョコが規則正しく並べられている。
そのプレゼントを見て、麗華は目を丸くしていた。
「小夜ちゃん、いつ買いに行ったの?」
「え、ネットで注文したやつ……」
「もー! またネットショッピング!?」
駄々をこねるように不満そうな声を上げる麗華に、今度は小夜子がびっくりする。
「なにかいけないことした?」
「だって……小夜ちゃんと一緒にチョコ買いに行きたかったのに……」
ぷう、と頬をふくらませる麗華に、「ああ、そうか。ごめんね、麗ちゃん」と小夜子が髪を梳くように撫でた。
「私の配慮が足りなかったね。じゃあ、そのチョコは二人で食べて、明日デパートに行こうか」
不機嫌を隠さなかった麗華は、その一言でたちまち笑顔を取り戻す。
「やった! 約束だよ、小夜ちゃん」
「ええ」
ニコニコと笑う小夜子。
麗華は次の日が待ちきれなかった。
翌日、休日のデパートに小夜子と麗華がやってくる。
バレンタイン当日になったチョコレート売り場は大盛況だ。
その人混みの中に入るのを躊躇した小夜子だが、麗華は「さあ、小夜ちゃん。お宝を探しに行こう!」と手を引くので、覚悟を決めて飛び込む。
押し合いへし合いしながら女子の群れの中に割り入り、「このチョコはカカオが多いから苦め」「このチョコはミルク多めだし包装が可愛い」といった評論をしながら、二人でチョコを吟味した。
「じゃあ、小夜ちゃん。お互いに贈るチョコを買おう。秘密にしたいからお互い離れた場所で――ってわけにはいかないよね」
人混みに押されてどんどん流されていく小夜子を慌てて引き止めながら、麗華は苦笑いする。
この義姉を一人にしてしまったら、どこに行ってしまうか分からない。心配でもあるし、麗華が彼女を守るといって二人で家を飛び出してきたのだ。やはり麗華が小夜子に四六時中引っ付いていないと不安なのである。そんな手のかかるところが可愛いのだけれど。
はぐれないように二人で固くしっかりと手を繋ぎ、チョコ売り場を人混みの流れに乗るように移動する。
引き続きチョコを吟味し続け、買い物が終わった頃には二人とも髪がほつれてクタクタであった。
お互い笑い合いながら、御手洗で髪型を直し合う。
どちらともなく「喫茶店でコーヒーを飲みながら休憩しよう」と提案し、デパート内のカフェに入った。
そこでもバレンタインフェアをやっているようで、チョコケーキをつつきながらホットコーヒーで一息つく。
「すごいね、バレンタイン。こんなに人がいるなんて思わなかった」
コーヒーカップを口に運びながら小夜子は安堵のため息をついた。
あの戦場から無事に帰ってこれた、という安堵であろう。
実際、麗華も生きた心地がしない。
二十三歳と二十四歳にもなって、デパート内で迷子になって呼び出し放送がかかるのは流石に恥ずかしすぎる。
「家に帰ったら、お互いにチョコを食べさせあおうか」
「もう、麗ちゃんったら……」
麗華の甘い笑顔に、小夜子はポポポと顔をほのかに赤く染めた。
麗華は冗談めかしているが、家に帰ったら実際にやるタイプである。
そして、チョコを食べさせ合うだけで済まない可能性もあり……。
「小夜ちゃん、何を想像したの? 可愛いね……」
「麗ちゃん、ここ公共の場よ」
「へえ、公共の場では言えないこと想像したんだ?」
図星を指されて、ますます小夜子の頬は赤くなった。
「もう、麗ちゃん? からかわないで」
「ふふ、ごめんね、小夜ちゃん。じゃあ、早く家に帰ろうか」
小夜子としては狼に食べられる家には帰りたくない気分であったが、麗華と競うように席を立つ。
「麗ちゃん、ここは私が」
「いえいえ、小夜ちゃんにはワガママ言って付き合ってもらったし、会計は私が」
――この義姉妹、何年経ってもどこかで見た光景を繰り返すのであった。




