第21話 【アフターストーリー】義姉妹のクリスマス
鳳月の義姉妹が家を飛び出し、マンションに暮らすようになって七年後の十二月。
「小夜ちゃん、クリスマス、どこでディナー食べる?」
麗華は雑誌のクリスマス特集のページを眺めている。
どこのホテルやレストランのクリスマスディナーが美味しくサービスがいいか、五つ星評価でオススメされているものだ。
「そうね……私は家でのんびりクリスマスを過ごしたいのだけど」
「そういって毎年、家でクリスマスを祝ってるよね。まあ、小夜ちゃんがそれでいいならいいけど……」
麗華は渋々、雑誌をパタンと閉じた。
麗華は外に出るのが好きな外向型、小夜子はそれとは対照的に、家にこもっている方が好きな内向型である。
喧嘩するほどではないが、なかなか意見が合わないことも多い。
とはいえ、体力のない小夜子を外に連れ回して疲弊させるのは、麗華も本意ではないので、そこは納得していた。
「じゃあ、家でお祝いする代わりに、ディナーはそのホテルの料理人にお願いして外注しましょうか。私もクリスマスディナーなんて本格的なものは作れないし」
小夜子の提案を受け入れて、「その代わりにケーキだけは自分たちで店に行って選ぼう」という妥協案で落ち着くことにする。
料理人に料理を外注している時点で、鳳月の家を出たにもかかわらず、この義姉妹は一般市民とは一風違う生活を送っているのだが……父親の仕送りと義姉妹の稼ぎで家計は火の車にならずに済んでいる。もともと彼女たちは普段の生活では鳳月家にいた頃に比べれば、そんなに贅沢をしているわけではないのだ。節制もしているし、麗華がスーパーの特売情報をチラシで掴んで買い物をしている光景も目撃されている。
マスコミは鳳月家に跡継ぎの男の子が生まれたことで既に鳳月の娘たちの行方には興味を示しておらず、二人は穏やかな暮らしを満喫していた。
その後、クリスマスイブになって、麗華と小夜子はケーキを買いに出かけることにする。
街は一般家庭までもがイルミネーションで華やかに彩られ、すっかり聖夜ムード一色に染まっていた。
「きれいね、麗ちゃん。私、久々に外に出たから新鮮だわ」
「少しは外出したほうがいいよ、小夜ちゃん」
麗華は呆れ半分の苦笑いをしている。
小夜子はもともと引きこもり気質で、買い物もすべてネットで済ませようとする悪癖があった。
そのため、スーパーなどの日常の買い物は麗華が仕事帰りに行っている。
彼女は義姉が幸せでいてくれれば、自分が雑用を担うのも決して苦痛ではない。
小夜子を自分のものにした責任というか、麗華が小夜子を守ると決めた手前、その面倒はきちんと見ようと決心しているのだ。
近所のケーキ屋にやってくると、予想通りというか、人でごった返していた。
その中になんとか入り込み、ケーキのショーケースの前までやってくる。
「いらっしゃいませ、お決まりでしょうか?」という店員の声につられてガラスケースの中を覗きこむと、きらきらとした宝物のようなケーキが義姉妹を待ち構えていた。
「小夜ちゃん、どれにしようか。小夜ちゃんはショートケーキ好きだよね」
「うん。でも、他のも気になるね。ホールケーキじゃなくて、小さいのいくつか選んでみようか」
二人で相談しながらケーキを選んでいく。
ショートケーキとフルーツタルト、モンブランにチーズケーキ。
二人の好きなものをすべて紙箱に詰め込んでもらった。
ケーキ屋を出ると、またイルミネーションの光の中を家まで歩いていく。
積もっていた雪が少し溶けて水になり、道路を黒く濡らしていた。
その潤ったコンクリートに、イルミネーションの光が反射し、何とも言えない美しい幻想的な光景が広がっているのである。
麗華も小夜子も、その風景を見てお互い微笑み合いながら家路を歩いていった。
「――ひゃ~、寒かった!」
家につくと、すぐに暖房をつけて、麗華はかじかんだ手を擦る。
小夜子はテーブルにケーキの入った紙箱を置いた。
このあと、注文しておいたクリスマスディナーが届く予定だ。
ダイニングチェアに脱いだコートをかけながら、「先にケーキを食べてしまおうか」と二人で隣り合ってソファに座る。
「……うん、やっぱりあそこのケーキ屋さん、美味しいね」
「小夜ちゃんが太鼓判押すなら、あそこは繁盛するね」
「褒め過ぎだよ」
しかし、実際舌の肥えた生粋のお嬢様である小夜子のお墨付きなら、味も質も保証されているに違いない。
小夜子はショートケーキ、麗華はフルーツタルトをフォークで食べる。
「麗ちゃんも食べてみてよ。ちょっと品が悪いけど……」
と言いながら、小夜子はフォークですくったショートケーキを麗華の口元へ持っていった。
麗華は内心戸惑いながら、そのフォークを口に含む。
「ホントだ、おいしい」
「でしょ」
生クリームは牛乳がふんだんに使われた濃厚な味わいだし、スポンジケーキは卵の香ばしい風味がしてふっくらしっとり。いちごはみずみずしく、噛むと甘酸っぱい果汁が口の中に溢れ出した。
「じゃあ、私のも」
フルーツタルトをフォークで小さく切り、小夜子の口に差し出した。
小夜子は思い切ったように勢いよく、ぱくりと食べる。
「うん、これもおいしい」
「ね」
二人でしばらく食べさせあって、お互いのケーキをほとんど相手にあげてしまった。
それに気づいて、二人で笑い合う。
窓の外にはまた雪がチラついて、ホワイトクリスマスであった。
義姉妹は、クリスマスディナーが届くまで、こうして二人きりのクリスマスを楽しんでいたのである。




