第19話 【アフターストーリー】義姉妹の料理
鳳月家を出た小夜子と麗華が都会に出てマンションで二人暮らしを始めた当初は、それなりに大変だった。
鳳月家の父親は娘たちを見捨てたわけではなく、ある程度のお金を持たせてくれたし、仕送りもしている。
しかし、原磯も使用人も誰もいない状況で、特に小夜子は苦労したと思われた。
なにしろ、彼女はデジタル以外の作業はほとんどできない不器用人間である。
料理も恐る恐る、といった感じで、弱火でじっくりやるものだから、できあがりまで時間がかかった。
「小夜ちゃん、もっと火力上げても大丈夫だよ」
「そう? じゃあ……」
そう言って、小夜子はもう少しだけガスをひねる。
すると、炒め物をしていたフライパンからゴウッと火が上がった。
「わぁ、フランベみたい。小夜ちゃんすごい」
「いや、これ普通に火事……」
「えっ」
「えっ?」
二人が首を傾げ合っている間にもフライパンの火柱がどんどん大きくなっていき、黒煙に反応してジリリリ! と火災報知器が鳴り響く。
「きゃー!」「きゃー!」と義姉妹が騒いで、マンションの住人たちも巻き込む大騒動となった。
そのあと、二人で近隣住民たちに「お騒がせして申し訳ありません」と謝罪して回ったのも、今となってはいい思い出である。
もちろん、フライパンの中の食材は消し炭になってしまったわけだが……。
そんな状態のままではいけない、と小夜子は家事技能を向上させるために立ち上がった。
今の時代、動画サイトで調べればいろいろな講座やハウツーが出てくるものである。
彼女は使い慣れたパソコンで動画を検索し、見様見真似で様々なスキルを試し、身につけていった。
「まずは簡単なお料理から試してみよう」
りんごを八等分に切り、種を取り除き、フライパンにバターを熱してりんごを並べ、弱火で両面を焼くだけの焼きリンゴから始め、弱火でコトコト煮込むだけのスープなどの簡単で失敗の少ないものから料理に挑戦していく。
それを繰り返し、次は麻婆豆腐や青椒肉絲など、味付けの素は既に用意されているパックと食材を買って合わせて料理するだけの簡単なものにステップアップ。
それらを麗華に振る舞うと、彼女は「美味しい!」とニコニコしていた。
「さすが小夜ちゃん! やればできるもんね!」
そう褒められると小夜子はとてもむず痒く、くすぐったそうに笑うのである。
「小夜ちゃんが料理してるとこ見たい! 今度は一緒に料理しよ!」
麗華が子どものようにねだるので、次は二人で台所に立った。
「小夜ちゃん、私なにしたらいい?」
「ピーラーがあるから、野菜の皮をむいてくれる? ――痛っ」
小夜子が麗華の方をよそ見していて、ナスを切ろうとしていたのが皮で包丁が滑ってしまい、指を切ったことがある。
「大丈夫、小夜ちゃん!?」
「平気、ちょっと痛いだけ」
「ホントに!? すごい出血だよ!?」
中指の背、第一関節の近くを切った傷は、みるみるうちに血が溜まっていき、まな板を赤く染めた。
二人は料理を一時中断し、小夜子は手当てののち、大きな絆創膏を麗華に貼ってもらった。
「ごめんね、麗ちゃん……私もいいとこ見せたかったんだけどな」
眉尻を下げて残念そうにしょんぼりしている小夜子に、一人で料理を仕上げた麗華は「気にしないで」と笑う。
「何度だって懲りずに挑戦すればいいよ。試行回数を重ねて人は成長するんだから」
「うん……そうだね」
微笑みながら絆創膏を見て目を伏せる小夜子を見て、麗華は「傷が早く治るおまじない」と小夜子の手を取り、持ち上げた。
そして、絆創膏越しに軽く唇を当てる。
驚く小夜子に、「それから、小夜ちゃんが元気になりますようにって」と微笑んだ。
「……ありがとう、麗ちゃん。あなたはいつも、私に優しい」
「当然でしょ。私は小夜ちゃんのためなら何でもできる。こうして小夜ちゃんを連れて鳳月の家を飛び出したりね」
そう言って、二人で顔を見合わせて、幸せそうに笑うのである。




