第17話 ほうづきの籠を飛び出して
大河家の企みをぶち壊し、父親に「なんでも望みを叶えてやろう」と約束させて、「義姉がほしい」と言い出した義妹の麗華。
その発言は鳳月家を激震させ、なんとか父親の了承を得たものの、義姉である小夜子本人も困惑していた。
「麗ちゃん……本気、なの?」
麗華に尋ねても、彼女はいつもの強気な視線で小夜子を見て笑うのだ。
「ええ。以前もあなたを愛していると申し上げたでしょう?」
「……わからないわ。麗ちゃんが望めば、もっといいものが手に入るのに」
小夜子には不思議でならない。
麗華のためなら、次期社長の椅子だって、喜んで譲ったのに。
しかし、義妹はそんなものを望んでいないようだった。
麗華は言う。
「初めて出会ったときから、わたくしはお義姉様に全てを捧げると誓っておりますの」
初めて会ったときって、お互い何歳のときだっけ。
そのときから初恋を募らせているというのなら、小夜子がいくら説得しても聞く耳を持たないだろう。
そして、それは生半可な恋ではないというのも、小夜子は理解している。
同性はまあ置いておくとしても、義理とはいえ姉妹である。それが許されるようなものではないということも、麗華は重々承知しているはずだ。
だから小夜子は義妹を受け入れた。これは麗華の遊びやままごとではない。そして、彼女の活躍で鳳月家が救われたのも事実である。
ただ、麗華自身は「鳳月家を救ったのは結果に過ぎません。それに関してはあまり気負わないでくださいまし」と小夜子に念押ししていた。
しかし、鳳月家は未だに騒乱のただ中にいるようだ。普段関わりのない遠縁の爺まで家にやってきては、父と何やら言い争いをして帰っていく。帰り際に麗華と小夜子を睨みつけて、鼻を鳴らすところまでみんな一緒だ。どうやら遠縁の者たちは、自分たちが株を保有しているところから、鳳月グループの評判が落ちるような行いを責めているようだが、麗華には関係ない。とはいえ、小夜子の身が案じられた。
メディアでも麗華と小夜子の関係は、どこで聞きつけられたのか大きく報じられている。義姉妹の禁断の関係。マスコミの格好の餌である。鳳月グループも、一時株価を大きく下げる騒動となった。社長である父は株主総会でもこっぴどく叩かれているらしい。
そんな中、麗華はある決断をした。
「鳳月家を出ていくだって?」
父が素っ頓狂な声を上げる。
「ええ。お義姉様とひっそり生きていこうと思います」
何も言わなくてもメイドが面倒を見てくれる、裕福な鳳月家を出ていくというのは、相応の覚悟が必要だ。それでも麗華の目はどこまでも真っ直ぐに父親を射抜くようだった。
麗華の母は残念に思っていたが、娘の決意を知って何も言わない。
「本当にこの方法しかないの、麗ちゃん?」
小夜子は湖のように澄んだ目を義妹に向ける。
麗華は「お義姉様が外の世界に出て、一般人として生きていくのはお辛いことでしょう。申し訳なく思っております」と眉尻を下げた。
「お義姉様とわたくしが共に生きていくには、この鳳月家という籠から飛び出さなくてはならないのです。それがわたくしのワガママだとは承知しております。お父様が酷い目にあっているのも、わたくしのせいです。それでも、初めて会ったときからお義姉様にどうしようもなく惹かれていたのです」
麗華の愛は、献身的なものでありながら、小夜子以外のものが壊れても構わないと考える性質のものでもある。
その危うさを知りながら、小夜子はその手を取った。
義妹の愛を受け入れて一緒に家を出る準備を整えていったのである。
「お嬢様方がいなくなると、この原磯、寂しゅうございます」
「ほんとに? わたくしがいなくなって内心ホッとするんじゃなくて?」
「そんなことはございません。お嬢様方は、私共の宝物でございます。これから先も」
メイドの原磯が真面目ぶって言うものだから、小夜子も麗華も荷造りをしながら笑ってしまった。スーツケースの中に、必要最低限の衣服とお金、貴重品などを詰め込んでいく。小夜子は麗華に作ってもらったテディベアや推しキャラのぬいぐるみも荷物として持っていくつもりである。目的の街に着いたときに連絡をすれば残りの荷物も送ってもらえるが、そもそも移住先にそれを収納するスペースがあるかどうかは微妙なところだ。
学校も中退することにした。とはいえ、「名門校である文明学園に在籍していた」という事実は大きな履歴になるだろう。仕事先には困らないはずだ。
そうして荷物を整理して、義姉妹が鳳月家の門をくぐって出ようとしたときには既に辺りは暗くなっていた。
「それじゃあ、原磯。お世話になったわね」
「いいえ。どうかお元気で――」
タクシーの前でそんな挨拶を交わしていると、「いたぞ、あの小娘共だ、捕まえろ!」と怒声が響く。
目をやると、例の遠縁の爺が使用人を引き連れて迫っていた。
「どうやら、そうそうお嬢様方を見逃す気はないようですね」
「どうしよう、麗ちゃん」
不安げな目をしている小夜子を安心させるために、先に車に乗せた。
――が、麗華もタクシーの後部座席に詰め込まれる。
「は、原磯?」
「お嬢様方の門出に、無粋な客がノコノコと……絶対に許せません」
原磯がパチンと指を鳴らすと、屋敷の生け垣や門から次々と鳳月家の使用人たちが出てきた。
「あなたたち、いたの!?」
「原磯が代表してお嬢様方にお別れの言葉を贈り、我々はそれを涙ぐましく見送るつもりでしたが……」
「お嬢様方の邪魔をするなら、使用人一同、お客様にはお帰りいただきましょう!」
「麗華様、小夜子様、どうかお幸せに」
「――ええ! ありがとう、みんな!」
原磯や義姉妹の味方である使用人たちが足止めをしている間に、麗華はタクシーを走らせる。
麗華と小夜子は、車の中で、固く手を握り合っていた――。
こうして、二人は手に手を取って、鳳月家の屋敷を飛び出したのである。




