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周囲は誤解してますが、お義姉様は虐げられヒロインではありません  作者: 永久保セツナ


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第10話 義姉と義妹と婚約者

 麗華は頭に血がのぼり、怒りを爆発させた。


「あの男ォ! お義姉様を気安くハグするなんて許せませんわ~!!」


 激怒、嫉妬、この世のありとあらゆる負の感情が義妹の心の中を支配し、ヘドロとマグマが混ざってしまったような醜い激情に囚われる。

 しかし、今回ばかりは彼女も義姉の相手である男を排除するわけにもいかない。

 なぜなら、その男は小夜子の幼馴染であり……義姉が悪感情を抱いていない親しい友人だからだ。その情報だけでも義妹の心を締め付けるには充分だった。


 ――そもそも、あの男は本当に「ただの友人」なのだろうか?

 小夜子がそう思っているだけで、向こうは義姉に色目を使っているのではなかろうか。

 麗華はそれを考えるだけで、胃薬が手放せない身体になってしまった。


 こんな非常事態に陥った経緯を説明しなければならない。


「麗ちゃんに、紹介したい人がいるの」


 義姉の小夜子がそう言い出したときから、嫌な予感はしていた。

 彼女の秘密の日記、その中に書かれていた「虎太郎」という男の存在。

 さらに言えば、その日記が最近になって小夜子のベッドの下から出てきた事実を照らし合わせると、義姉はそれを読み返したことになる。

「何のために?」と考えれば答えは明らかだ。その虎太郎という男がアメリカ留学から帰って来るに決まっている。


 そういった経緯で、麗華は小夜子に同席して、虎太郎が日本に帰ってくるという空港で二人、彼を待つことになった。


 空港で預かった手荷物がベルトコンベヤーで運ばれてくるのがガラスの自動ドア越しに見える。飛行機の乗客は流れてくる自分の荷物を手にとって、次々と出口から現れ、出迎えに来てくれた人たちに再会の挨拶を交わして一緒に空港をあとにしていく。

 やがて、カラカラとスーツケースのタイヤを転がす軽やかな音がして、出口の自動ドアが開いた。


「――小夜ちゃん?」


 黒い髪に金のメッシュが入った男が、義姉を視認して声を掛ける。

 小夜子はにっこりと微笑んだ。


「おかえりなさい、虎太郎さん。お久しぶり」


「うん、ただいま。びっくりした、小夜ちゃん、昔から何も変わってないや」


 ――何も知らないくせに。

 麗華は内心舌打ちをする。

 義姉が変わっていないのは、この男の前でだけ。この容姿に戻すのに、わたくしや使用人たちがどんなに苦労したかも知らずに、のんきなものだ。


 さらに麗華の逆鱗に触れたのはこれだけではない。

 虎太郎はスーツケースから手を離すと、小夜子に突然ハグをしたのである。


 麗華は唖然とした。小夜子も驚きと羞恥心からか、目を大きく見開いたまま、顔を赤くして固まっている。


「あ……ごめん。アメリカでの挨拶が身に染み付いちゃってるな」


 苦笑いをした虎太郎だったが、義妹の怒りは頂点に達した。


 ――あの男、お義姉様に気安くハグなんて、許せませんわ~!!


 麗華がじっとりした目で睨むと、虎太郎はやっと彼女の存在に気付いたらしく、「小夜ちゃん、この子は?」と尋ねる。


義妹(いもうと)の麗華。父が離婚して、再婚したときに鳳月家にやってきたの」


「そうなのか。麗華ちゃん、はじめまして。大河虎太郎と申します。よろしく」


 麗華に右手を差し出す男。さすがにハグはしないらしい。

 義妹は義姉の目の前でその手を払うのは自分の心証が不利になると考えたので、おとなしく握手に応じた。虎太郎の手は大きく力強い。麗華の手など、いとも簡単に包みこんでしまう。


「そっか、小夜ちゃんに妹ができたのか。じゃあ、報告しておいたほうが良いね」


「そうね。まだ麗ちゃんには言ってなかったから」


 小夜子は少し顔色が紅潮していた。

 麗華は嫌な予感が隠せない。


「何の……話を、しておりますの?」


「あのね、麗ちゃん。言うのが遅れてしまったのだけど……」


 義姉は赤面しながら、くすぐったそうに微笑んでいる。


「こちらの虎太郎さんと、婚約することになったの」


 ――時が止まったような感覚が、麗華を襲った。

 いや、そんな予感はしていたのだ。

 虎太郎がわざわざアメリカ留学から帰ってきた目的など、考えれば分かる話である。

 しかし、その事実を義姉本人から直接聞かされると、やはり麗華には(こた)えるものがあった。

 しかも、小夜子と虎太郎がお互いを愛おしそうに見つめ合う姿など見ただけで、彼女の身体はバラバラになってしまいそうなほど、胸が張り裂けそうに痛む。


「……それは、認められませんわ」


「え?」


 麗華の返答が予想外だったらしく、小夜子の反応が遅れた。

 義妹は、義姉の婚約者をまっすぐに見据える。


「お義姉様にふさわしい婚約者かどうか、わたくしが見極めます。わたくしの大切なお義姉様と婚約するなどと、相応の相手でなければ、わたくしは認められません」


「麗ちゃん……? そうは言っても、これはお父様の決定だから……」


「お義姉様は、お父様の決めたことならば命を捨てろと言われてもそうしますの?」


「いや……それは……」


 困り果てた様子の小夜子だったが、虎太郎は彼女の肩を抱き寄せて、麗華に微笑んでみせた。


「わかったよ。麗華ちゃんが認めてくれる男になれるように、俺も努力するね」


「だから、そんな気安くお義姉様に触れるんじゃありませんわ無礼者ォー!!」


 激昂する麗華であったが、虎太郎はなんら気にしていない。

 こうして、義姉と義妹と、義妹の婚約者の三角関係が成立した。成立してしまったのである。

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