第9話:砦の魔術師 -12-
「私は……お役に立ちますぞお……!」
アベルは右手を挙げた。その手に、光が集まっていく。
「待て、落ち着けアベル。お前は敵の術中に陥っているんだ!」
「アベルちゃん、しっかり! 自分を取り戻すんだ」
オウルとロハスは必死で呼びかける。
だが、アベルの目の焦点は合わない。
「今こそ……! 私の奥義をもって皆様のお役にたちましょうぞ。奥義神言……ポンゴルン!」
アベルの全身が光輝いた。
その背後にルーレットが現れ、回り出す。
こんな時までルーレットが出なくてもいいのに。
オウルとロハスは、心からそう思った。
回転する円盤は止まり『3』のマス目が輝く。
「あーっ、よりによって3だよ」
ロハスがガッカリしたように言った。
ルーレットの効力により三倍に増幅されたアベルの魔力が光を増し、バルガスに向けてまっすぐに奔った。
「ふん。魔力回復神言か」
光に包まれたバルガスは満足そうに言う。
「礼を言おう、神官。おかげで私の魔力が回復したようだ」
「ああ。そういや神官の魔術って回復系なんだっけね」
ぼんやりと呟くロハス。ああ、とオウルはうなずく。
「確かに直接的なダメージはねえし、アイツの魔力じゃ回復量だってたかが知れてるが、それでも」
オウルは眉根を寄せる。
元々、魔力量については圧倒的な優位にあるバルガスに、混乱したアベルの術は更に護りを与えてしまう。
この状況はあまり良くないのではないかとオウルは思った。
アベルの魔力量が尽きかけているにしても、一刻も早く彼を止めた方がいいのではないだろうか。
魔力を使ってまでアベルを足止めしたことが裏目に出た。
オウルはほぞをかむ思いだった。
自分が間違っていた。アベルを止めたりしてはいけなかった。
やはりアベルは、森に住まう忌まわしき妖怪なのだ!
「ロハス。手を貸せ」
オウルは低く言った。
「え。何」
「アベルを止める」
「どうやって」
「腕ずくでだよ」
改めて言うが、オウルは攻撃呪文の類は使えないのである。
「俺が後ろからアイツを羽交い絞めにするから、お前殴れ」
「うっわー。原始的」
「とにかくやれ」
「いいけど、オレ弱いよ」
「そこは気合で倒せ」
「無茶言うなあ」
泥縄式ではあるが、他に策も思いつかない。
「じゃあ行くぞ。俺がアイツを止めたら、すかさず殴り倒せよ」
「うん、まあ。努力はしてみる」
気が進まなさそうにうなずくロハスは、それでも手にヒノキの棒をしっかりと握りしめていた。
意外にやる気なのかもしれない。
この時点で。
アベルを止めようとしているオウルもロハスも。
互いに牽制し合い、刃を交えあうティンラッドとバルガスさえ。
真の恐怖に気付いていなかったのだ。
神官アベル。彼の持つ、底知れぬ可能性の恐ろしさに。




