第8話:西の砦へ -1-
オウルがいくら反対しても、ティンラッドが気にしなければそれだけの話である。アベルは問題なくパーティに復帰した。
「それでは回復神言を唱えましょう」
アベルは法服の袖をまくり上げ、傷ついたティンラッドの前で手をかざす。
「いきますよ。パパルポン!」
叫ぶと同時にアベルの掌が光り出す。
そして突然、彼の背後に巨大な円盤が現れた。
円盤は均等に十等分され、それぞれに数字が記されている。
『1』が五つ。『0』が二つ。『2』『-1』『-2』がそれぞれ一つずつ、法則性なく並んでいる。
円盤は初めはゆっくり、それから勢いよく回り始めた。
「えーと。コレ、何だろ」
ロハスが呆然と呟く。
「オレ、こんな回復呪文見たことないんだけど」
「奇遇だな」
苦虫をかみつぶしたような顔でオウルが応える。
「俺もそうだ」
「はっはっは、何、心配することはありません」
アベルが明るく言った。
「これは何というか、私の癖のようなもので。いつの頃からか神言を唱えようとすると現れるんですな。害はないのでお気になさらぬよう」
「気になるよ!」
思わず全力でツッコんでしまうオウル。
その目の前で円盤はゆっくりと回転を止め、最後に一か所が明るく光る。『0』の文字が記されたマスだった。
「おや」
アベルが眉をひそめた。その体から輝きが急速に失われていく。
「おい。ちょっと。どうしたんだ」
オウルはたずねる。
「回復は?」
「はは。いやあ、失敗してしまいましたな」
アベルは軽く笑って済ませた。
だが、オウルとロハスはそうもいかない。
「待て。失敗ってなんだ、失敗って」
「あのさあ。疑うわけじゃないけど、アベルってホントに回復呪文使えるんだよね?」
二人から疑いの目でにらまれてもアベルは平気である。
「ご心配なく。今のはちょっとしたお茶目ですな。今度こそ、ちゃんと回復をさせますよ」
もう一度手をかざし、呪文を唱える。
再びアベルの体が光に包まれ、そしてやっぱり背後に円盤が出現した。
「癖って」
「こういうの、癖って言うのか?」
呟くロハスとオウル。
オウルは、円盤に記された数字が微妙に変化していることに気が付いた。『1』が三つになっている。代わりに『3』と『-3』が増えていた。
そして円盤は回り、最後に『3』のところが輝いた。
「おお! 船長さんは運がいいですな。当たりですぞ」
アベルが嬉しそうに言う。
彼の周囲の輝きが強くなり、一気にティンラッドの体を包み込んだ。
次の瞬間には、船長の傷も魔力も回復していた。
「変わった回復魔法だな」
ティンラッドは言った。
「私が知っている神官の術とは少し違うようだが」
「私は神に愛されておりますので」
アベルは鼻高々という様子で言った。
「今の『ビックリドッキリルーレット』は、この私だけが使える特別なものでして。数字が大きなマスにとまればとまるほど、神言の威力が増すという神の恩寵なのです。今は『3』が出ましたからな、効力も三倍増! 大変お得でしたぞ」
「待て。ちょっと待て」
オウルは割って入った。
「そうすると、さっき失敗したのは」
「『0』に止まってしまいましたからな。残念ながら、あのマスに止まると効果がゼロになってしまうのですなあ」
やれやれと首を振るアベル。しかし、それはオウルに嫌な予感を抱かせた。
「待て。ホントに待て。じゃあ」
思わず、声も低くなってしまう。
「『マイナス』のマスに止まったら、何が起こるんだ?」
「は? マイナス?」
「あっただろうが! さっき、-1とか-2とか-3とか」
考えたくないが、+3で効果三倍増なら-3の時は……?
「あっはっは。心配性ですな。大丈夫ですよ、何も起きませんから」
アベルは、オウルの不安を軽く笑い飛ばした。
「何も起きない? どうしてそう言える? だったらあのマス目は何だ」
「さあ。神様の遊び心的な何かではないでしょうか。大丈夫です、あのマスの数字が出たことはありませんから」
「出たことがない?」
オウルは横にいたロハスと、ついつい顔を見合わせてしまう。
アベルは鷹揚にうなずいた。
「はい。あれが現れるようになって以来、マイナスのマス目が出たことは一度もありませんな」
二人の脳裏に、アベルの人間離れした高い幸運値が点滅する。
この男はもしかして、あの幸運でもってマイナスのマス目を避け続けてきたのではないだろうか。
それではもし万が一、その確率補正も潜り抜けてマイナスの目が出た時にはいったい何が起きるのか。
「ふざけんなー!」
思わず、オウルは叫んでいた。
「回復呪文にそんなギャンブル性はいらないんだよ! こんな神官、いない方が十倍マシだ!」
ようやくパーティーに参加した神官が時限爆弾。
その運命の理不尽さに、怒鳴らずにはいられないオウルだった。




