第5話:ロハスの商売 -1-
凍りついた広間を出、暗い通路に戻ると。
あの戦いを生き延びたのだ、という実感が一気に襲ってきた。
ポーションの反動で頭痛もし始める。
「疲れた。とにかく、早くあの小屋まで戻ろう」
と言うオウルに。
「何言ってるの! ここからが本番でしょう!」
同じく、生き延びたという実感が出てきたらしいロハスが、やけに生き生きと元気よく言った。
戦闘の間は、ずっとヘタレていたくせに、と。オウルは大変面白くない。
「本題を忘れちゃ困るね。オレたちはここへ、商売のネタを確保しに来たんだよ?」
本題は魔物退治だ、と思ったが、何だかツッコむ気もしなかった。
ロハスは先に立ってどんどん歩いて行く。
「おい。方角を分かって歩いてるんだろうな?」
それだけを確認すると、ロハスはニヤリと笑って振り向いた。
「オレをだれだと思っているの? その辺りは抜かりはないよ。ホラ」
かがみこんで、足元から何かを拾い上げる。
「来る道々で、これを目印に落としてきたんだ」
これ、というのは。一ニクル銅貨だった。
「これなら絶対、見逃すことはないからね。入口からここまで、全部で十八ニクル! 全部、回収しますよ!」
やる気満々である。
なんで、今さらこんなにやる気に満ち溢れるのか。
面倒くさいな、とオウルはしみじみ思った。
銅貨の目印をたどって、三叉路までたどり着いた。
「帰り道はこっちなんだけど、オレが用があるのはこっち」
初めに行きたいと主張していた、左の通路を指さす。
「おい、勘弁してくれよ。また魔物が出るんじゃないだろうな」
オウルはうんざりして言った。これ以上の戦闘は、今日はもう本当にやりたくない。
「大丈夫、大丈夫。オレの情報が確かなら、こっちには魔物は出ないはずなんだ」
ロハスが安請け合いするのが、また何だか不安をあおる。
そんな気がする。
「魔物は出ないのか。じゃあ、私が行かなくてもいいな」
ティンラッドは退屈そうに言った。
「ここで待ってるから、君たちだけで行ってきたまえ」
腰を下ろそうとする。
ロハスはあわてた。
「待った待った。もしかしたら、万一ってこともあるし、船長さんが来てくれなきゃ困るよ。他に、戦える人いないんだから」
「私も疲れた。魔物もいないのに歩き回るのは面倒だ」
「イヤ、だからいた時に困るから!」
その後も文句を言うティンラッドを、何とかロハスが丸め込んだ。
取引材料は、主にうまい酒と料理だった。
そうして三人は左の道を下った。ロハスは元気いっぱいに、オウルとティンラッドはどちらかと言えば面倒くさそうに。
「ところで、もう一つの道には何があるんだ?」
ティンラッドが尋ねた。
「タラバラン師の研究室があったらしいけど。厳重に封印が施されていて、娘さんも入れないんだってさ」
「へえ」
オウルは少し興味を引かれた。
だが手がかりもないのに挑んでも、封印を解除することは出来まい。
弟子であった娘にすら開けない封印なら、余程の注意を払って構築したものに違いない。
面白半分で触ったら、火傷をする。
そう思って、好奇心に蓋をした。
「それより。こっちの通路、何だか暖かくないか?」
別のことを尋ねる。
他の通路のような、骨にしみるような冷たさが感じられなくなっていた。
寒いは寒いのだが、雪グマのコートで十分遮断可能だ。
襟巻に手袋まで着けていては、いくらか暑いくらいだった。
とはいえ、白ヘビや目無しトカゲなど、毒のある魔物に不意に襲われた時のため、外すわけにはいかないのだが。
「ま、それもオレの計算のうちでね。こっちの通路は、魔物の影響が少ないはずなんだ」
ロハスはそういって、ニヤリと笑った。




