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第41話 霊峰のふもと -4-

 鍋が煮え始め、荒れた家の中にイモや野菜の煮える匂いが漂い始めると、雨の山道に疲れ果てた面々の表情も少しやわらいだ。


 鍋の様子を見るのはロハスとオウル。ハールーンは相変わらずじゅうたんの上で丸くなってウトウトしており、ティンラッドはシタールをつまびく。バルガスは分厚い魔法書の頁をめくり、アベルは演奏に手を叩いたり鍋の中身をつまみ食いしようとしたりバルガスの邪魔をしたりする。


「これ、知らない香草だなあ」

「その辺の山の中に生えてる。このあたりでは料理にだいたい使うからつんできた」

「そうなんだ。村を出る前にオレもつんで来よう。乾かしたら長持ちするよね?」

 ロハスは機嫌良く言ってから、

「……いつか堂々と商売ができるようになるまで」

 暗い表情になって肩を落とした。場の雰囲気が盛り下がった。


「ええと、あの。あのお山、ずいぶんと立派ですが。クゥインセルとかいいましたか。霊峰というからには、何かいわくがあるのですか」

 とりなすようにアベルが言ったが、更に空気が凍った。ティンラッド以外の全員が、まじまじとアベルの顔を見る。


「正気か、お前。祈祷書に載ってるだろうが」

「砂漠生まれの僕でも読んだことあるよ……」

「大神殿からでもてっぺんは見えたじゃん。何で初めて見たみたいな言い方なの」


「えっ」

 三人に一気に詰め寄られて、アベルは目を白黒させる。バルガスがこれ見よがしにため息をついて見せた。

「私も神殿の教えには詳しいほうではないのだが。神によって定められた、この世界にあるという七つの聖地のひとつでは? 七つのうち四つは神話伝説の類で、実在するかもあやしいが、大神殿とオンボォーの燃える島、クゥインセルの高峰は数少ない『実在の聖地』だったと思うが」


「ああ。オンボォーの島なら見たことがあるぞ」

 ティンラッドが楽器を奏でる手を止め、いつものぼーっとした口調で言った。

「面白かった。天に向かってそびえる柱のように、山のてっぺんから炎が噴き出されてな。燃える岩がどんどん飛んでくるので上陸どころか、島に近づくことも出来なかったが。機会があったらもう一度見てみたい」


「えーっ、船長、すごい」

「こんなところに世界三大聖地を全て自分の目で見た人がいるなんて」

「神殿神官にもめったにいないというのに」

 仲間たちは驚いて声を上げる。オウルも感心したが、『そんな危険そうな聖地には自分だったら行きたくない』とも強く思った。


「とにかく、そういうすごい聖地なんだよ。どうして大神殿の神官だったアベルが知らないの?」

 ハールーンが詰問する。さりげなく神官『だった』と過去形にしているのが辛辣である。

「そうでしたでしょうか。しかし聖地というのは大神殿の他は、バルガス殿のおっしゃるとおりおとぎ話のようなものですからな。つい失念しておりました」

 しかし厭味には全く気が付かず、神官としての基礎知識が身についていないことを指摘されても気にしないアベルはやはり精神面において最強である。神官以外の職業に就くことを考えるべきだとは思うが。


「しかし、でしたらここでは何か特別な祭祀が行われているのですか? それにしてはさびれていますが」

 続く言葉にまたしても空気が凍った。みなが意識的に避けていた話題に躊躇せず踏み込む。やはりアベルはアベルであった。


「特別な祭祀なんて、そんなもんはない」

 オウルはあっさりと言う。

「神官も村育ちの年寄りがいたきりだったしな。何年かに一回、巡礼の人が来て、山にちょっと入って帰っていくくらいのことはあったよ。そういうときは家に泊めたり、山を案内して礼をもらう村人もいたが、基本的には畑を耕したり、ヤギや羊を育てたり、冬には猟に出たりして生計を立ててた普通の村だ」


「なるほど。やはり『聖地』などと言っても、大神殿以外は単なる『世界びっくり絶景集』なのですな。思ったとおりでした」

 アベルもあっさりと流したが、そこはもう少し気を遣ったほうがいいのではないかとロハスはこっそり思った。この村の様子はどう見てもわけありだ。今までオウルがほとんど故郷のことを語ってこなかったこととも確実に関係がある。


「そうだよ。この村は大神殿の神官様なんかには縁のない、ただの田舎だ」

 不機嫌そうなオウルの言葉を遮るようにロハスは、

「ほ、ほら。もうイモが煮えたんじゃないかな。アベル、ちょっと食べてみて」

 とあわてて言った。


「ほほう。では味見いたしましょう。おっと、熱っ」

 アベルはのんきにイモのかけらを口に入れる。

「ふほふほ、煮えておりますぞ」

 いくらか強引だったがのどかな雰囲気に戻り、ロハスがホッとしたのもつかのま、


「そういえば峰のどこかに祭壇があって、『勇者にしか使えない剣』があるという伝説はあったな。選ばれた人間だけがそこにたどりついて剣を手に出来るのだとかなんとか」

 オウルが思い出したように言って、

「なんだって。それは面白そうじゃないか。行こう、すぐにその剣を探しに行こう」

 ティンラッドが食いついてしまった。


 どうやっても平穏な夕食にはなりそうにない。いや、大神殿の手配を受けた時点で平穏には見放されたようなものではあるのだが。

 そう思ったロハスはこっそりと、ため息をついた。


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