第4話:氷の洞窟 -6-
入口辺りは外の雪明りで薄明るかったが、少し奥に行っただけで見通しはきかなくなった。
「寒いな」
オウルは自分の肩を抱く。
「まあ、風がないだけずいぶんマシだけどね」
ロハスが答えた。
「それにしても、芯にしみてくるような寒さだぜ」
「まあねえ」
ふと、何かに気付いたようにロハスが目を細める。
「どうした?」
「いや。前の方。何か、光らなかった?」
「光?」
顔を上げた時。
無数の羽ばたきの音が、洞窟内に響いた。
同時に、顔に体に、小さなものがバシッ、バシッと当たってくる。
「何だ?!」
「痛い! 引っかかれた! かみつかれた! 毒が回るう、回復魔術をかけてくれえ!」
ロハスの悲鳴が響く。
「うちのパーティには神官はいねえよ! 毒消しなら持ってるだろ、自分で何とかしろ」
怒鳴り返しながら、相手を見定めようとオウルは暗闇に目を凝らした。
何か、小さなものがそこらじゅうを飛び回っている。
それだけは分かるが、この暗さではハッキリしない。
「オウル。何とかできないか、相手が小さすぎてどうしようも出来ないぞ」
ティンラッドも困っているようだ。
その時には、オウルはもう魔術の準備動作に入っていた。
「おう。とりあえず、明るくするぜ、船長」
ルミナの呪文。杖の先に光をともす、基本的な魔術だ。
輝きに目が慣れた時に三人が見たのは。洞窟中を埋め尽くすように飛び交う、無数のコウモリの群れだった。
「うひゃあ! 気持ち悪い!」
ロハスはもう泣きださんばかりである。
「ただの洞窟コウモリだ。魔物としては下級も下級だな。喜べ、毒はないぞ」
「毒がなくても、オレは繊細で柔弱な美青年だよ? こんなのに噛まれたりして、雑菌が入ったら病気になるう」
「唾でもつけとけ」
オウルは冷淡に言った。
ティンラッドは刀を振り回しているが、相手が小さすぎるのと、数が多すぎるのでほとんど意味をなしていない。
洞窟コウモリは光を嫌うので、本来は明かりがともったことで逃げていくはずなのだが。
今は、突然の光と敵の攻撃に興奮しているのだろう、次から次へと襲い掛かってくる。
「おい。聖水があっただろう、アレを出せ」
「え?」
コウモリの攻撃に混乱しているロハスは、言われた意味が分からないようである。
オウルはロハスの肩をつかんで揺さぶった。
「聖水を出せ! お前のあの、何とか言うふざけた袋から、出せ!」
「あ、ああ。聖水、聖水ね」
ようやく合点がいったのか、ロハスは「何でも収納袋」をゴソゴソ探り出した。
取り出された聖水を、オウルが自分とロハス、そしてティンラッドに振り掛ける。
魔物除けと言っても気休め程度の効果なのだが、洞窟コウモリ程度の小さな魔物には十分有効だ。
それだけで、コウモリたちは彼らから離れて行った。
「やれやれ」
オウルはため息をつく。
「おい、ロハス。これくらいで度を失われちゃ困るぜ。アイテムはみんなお前が持ってるんだ。必要な時に取り出せないと困るんだよ」
「だって。オレはしがない裏方要員なんだよお。前線に立って戦うなんてことなかったんだよ」
そんなの俺だってそうだ、とオウルは言いたかったが。
ここは、パーティの先輩として、余計なことは言わないでおく。
「とにかく、三人しかいないんだ。ちゃんとやってくれないと困るぜ」
「そうだよ。何で神官がいないんだ。パーティには絶対いなきゃいけない職業だろ?」
今更ながら、その点にツッコミを入れるロハス。
オウルはため息をついた。
「さあ。そんなことは、船長に聞いてくれ」
諸悪の元凶は、コウモリに噛まれたり引っかかれたりした傷痕を調べており、大したことがないと分かると、また元気に刀を振り回した。
「さあ、行くぞ君たち。まだまだ奥は深そうだ」
オウルは、もう一度ため息をついた。




