表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
276/309

第39話:襲撃 -4-

 敵も味方も床に這いつくばってしまったので、ティンラッドは退屈そうに窓の外を見た。

「あちらこちらに灯りがついた。今ので目を覚ました人が多いようだな」

 そうであるなら、オウルの目論見通りだ。


「船長、しゃべらないで」

「まだ耳がぐわんぐわんしてる」

 ロハスとハールーンが異議を唱えたが、ティンラッドは気にしない。

「さて、これからどうする? やるならやるで私は構わないが。むしろその方が嬉しい」

 刀の柄を握り直し、好戦的に笑う。


 敵のひとりが挑発に応えて立ち上がった。それを追うように、他の男たちもぎくしゃくした動きで身を起こす。

 最初に立った男がどうやら指揮者だ。その手が振り下ろされると、襲撃者たちは武器を取り直した。

「……人が集まる前に決着をつけるつもりみたいだね」

 ハールーンも顔色が悪いなりに立ち上がった。聴覚はまだ回復していないが、見えている敵を迎え撃つくらいのことはできる。互いの条件は同じだ。


「そのようだな」

 ティンラッドは笑う。敵が逃げ出さないでくれて、嬉しくてたまらないという顔だ。

「じゃあ、思い切りやろうか!」

 叫ぶと同時に、近くにあった腰掛けを掴んで投げた。まっすぐ飛んだそれは、指揮官と思われる男の顔に直撃した。


 いかに部屋が薄暗くても、ティンラッドの狙いが正確であっても、普通の状態ならそんな原始的な攻撃は通用しなかったかもしれない。しかし今は普通ではなかった。

 頭蓋の内から揺さぶりをかけられたばかりである。それにティンラッドの無神経な大声が追い打ちをかけた。その破壊力には、ハールーンも片膝をつきそうになりながら必死で耐えている。


 気の毒に。オウルは同情した。

 もちろん元はと言えば自分のせいなのだが、彼はただ敵を退散させたかっただけだ。攻撃呪文を行使したような形になってしまったが、それはあくまで結果である。

 あれは断じて攻撃呪文ではない。離れたところにいる人に警報を伝えるため使用したりする、純粋かつ無害な補助呪文である。


 椅子をぶつけられた男は床にひっくり返り、動かなくなった。指揮官を失い、敵の間に動揺が走る。

「油断大敵だな」

 ティンラッドは獰猛に笑っている。

「さあ、続けるぞ」


 黒い刀身が走る。目の前の男を肩口から袈裟懸けに斬り下ろす。膝をついた相手の後ろから出てくる新手を下から上へと斬り上げ、更にもうひとりに強烈な突きを喰らわす。

 敵はどんどん数を減らす。どちらが襲撃者か分からなくなってきたが、通常と言えば通常どおりである。


 乱戦になりつつあると見て、ハールーンも動いた。体を低くして、こちらを囲もうとする敵の間を走り抜ける。

「うがっ」

「ぎゃっ」

 次々に呻き声が上がった。短刀が閃くたびに血しぶきが飛ぶ。手首を半ば切り落とされた者、脚の腱を断ち切られた者。惨状が広がっていく。


 同時に、

「な、何事だこれは」

「侵入者だ! 侵入者がいるぞ」

「客人が襲われている!」

 ようやく廊下に声が響いた。神官たちが集まってきたようだ。


「アベル、アベルは無事か。何としたことだ、この内殿に曲者が入るとは」

 ソラベルの声もした。

「アベル。我が弟子、アベルはどこだ。無事であるなら返事をしてくれ」


 これだけの騒ぎの中でいまだに惰眠を貪っているアベルだが、さすがに師の声は聞き分けた様子だ。

「ソラベル様……。このアベルは最も敬虔なる神の使徒ですぞ……いやあ、もう飲めませんが。我が師の勧めとあらば断わるわけにも参りませんなあ……」

 むにゃむにゃと返事をしている。夢の中でまで酒を飲もうとするのはやめろとオウルは思った。


 それがきっかけであったように、襲撃者たちの動きが変わった。追い詰められたと悟ったらしく、戦闘を諦め一気に逃走に移る。目指すのは開かれたままの窓だった。


「おっと。どこへ行くつもりだ」

 ティンラッドが長い脚を出してひとりを転ばせる。

「簡単に逃がしたりしないよ。安眠妨害の報いは十分に受けてもらわなきゃね」

 ハールーンの短刀も冴える。彼の左右を駆け抜けようとした男たちが血を流して倒れこむ。


 だが全員を阻むことは出来なかった。切りつけられる仲間を見捨て、他の者たちが駆け抜けていく。自分だけでも助かればいいという考えなのだろう。

「ひえええええ」

 ロハスが泡をくって寝台の下に避難した。オウルも突進してくる侵入者を慌てて避ける。


「逃がさないって言っただろ」

 ハールーンが短刀を投げようとした。しかし、標的の横にはいまだに寝台で眠りこけるアベルがいた。

 賊は熟睡する神官を抱え上げ、盾代わりにする。

「あ」

 残忍な暗殺者(味方)もさすがに投擲の手を止めた。


 それが致命的な一瞬になった。侵入者たちは次々に逃走した。……アベルを連れて。

 予想外の展開に、全員が唖然とする。

 ティンラッドだけが動いた。軽快な動きで部屋を通り抜け、窓をくぐり抜けて姿を消した。


「……えっと」

 寝台の下から這い出してきたロハスが間抜けな声を出す。

「どうしよう?」


「どうしようって……どうしよう」

 ハールーンの口調も頼りない。

「だから窓を閉めておけって言ったんだ」

 オウルは腹立たしい思いで愚痴った。


「何ということだ、アベルが賊に」

 ソラベルが言ったが、その口調も表情も心なしか浮き浮きしているようにオウルには感じられた。気持ちは分からないでもないが、そんな場合でもない。


「あのよ。のんびりしてないで、追手を出してもらえねえか」

 オウルは仕方なく言った。

「あんたなら自警団を動かせるだろ。うちの船長が追ってる、合流すれば何とかなるはずだ。急いでくれ」


「ああ、そうですな。何分、このような荒っぽいことには慣れておりませんので」

 ソラベルはのろのろとした挙措で、集まっている弟子たちを見回した。

「ジョゼ。ジョゼはおらぬか」

「ソラベル様。二等神官ジョゼは今夜、祈りのために外殿の方に詰めておられます」

「おお、そうであったな。まだ終夜の祈りは終わらぬな」

「まだしばらくはかかるかと」

「毎夜の祈りを妨げるわけにもいかぬ。ジョゼの帰りを待つしかないか」


 神官たちの間で話が進むが、

「いやいやいや」

 オウルはあわてて口を挟む。

「まさか、その人が戻ってくるまで追手が出せねえってわけじゃねえよな? 自警団に使いに行くなんて、誰でも出来るだろう」

「我が房での自警団との連絡役はジョゼなのです」

 ソラベルは子供を諭すような口調で言った。


「神殿の名を冠するとはいえ、自警団は有志の俗人方で構成された団体。大神殿とは別の組織です。礼を失するわけにはいきませぬ」

「礼儀がどうとか言ってる場合じゃねえだろ。アベルの命にかかわるんだぞ」

「そこまで心配することはありますまい」

 ソラベルはねっとりと微笑んだ。

「下級とはいえ、あれも大神殿の神官です。いかに賊と言えど、命までどうこうしようとは思いますまい」


 オウルは呆れて返事が出来なかった。浮世離れしているにも程がある。

「そんなわけねえだろ。こんなとこに忍び込んでくる罰当たりなやつらが、今さら神官のひとり殺すのをためらうはずがねえよ」

「おお、そのような恐ろしいことを」

 ソラベルは穢れを祓う印を切る。


「どんな罪人とて、そこまで汚れたことを考えるでしょうか。アベルがあの者たちに何をしたというのです」

「理由なんかなくたって、殺される時は殺されるんだよ。ロイゼロ神官だって盗賊に殺されたんだろ」

「おお……」

 ソラベルは怯えた様子で頭を抱え込んだ。

「あれは本当に恐ろしい事件でございました」

 

 オウルはいらいらして来た。先程から全く話が進んでいない。

「とにかく誰でもいい。早く使いを出して自警団を動かしてくれよ」

「しかしジョゼは外殿にいるのです。全ての神官にとって祈りは最も大切なもの、まして外殿の日課の祈りとは決して乱してはならぬ神聖なものです。アベルひとりのために揺るがすことはなりません」


 穏やかな笑顔のままだったが、それはつまり『アベルの命より外殿での祈りの方が大切』と言い切ったに等しかった。

 確かにアベルの命など割とどうでもいいが、それにしてもこの対応はないと思う。


「担当の人が今は動けないのは分かった」

 オウルは歯噛みしながら言う。

「だが他に代わりはいるだろう。副担当とか、そういう役目の人が」

「おお、なるほど。そうですな」

 ソラベルは軽く眉を上げる。言われて初めて気付いたとでも言いたげだ。


「とんでもない事態に動顛し、失念しておりました。ジョゼの次席はオッソであったな。オッソはおるか」

「食事当番なので厨房で料理の下ごしらえを」

「何ということだ。オッソも手がふさがっているとは」

 絶望したように天に向かって両手を上げる。オウルは忍耐心を極限まで発動しなければならなかった。


「いや、食事の下ごしらえは他のやつが代わればいいだろ。最悪、後に回しても何とかなる。その人が副担当なら、さっさと行かせろよ」

「そうでしたな。確かに、食事の支度は祈りに比べたら大したことではない。では誰か、オッソを呼んできなさい」


 ようやく弟子のひとりが奥へと走って行った。緊急事態なのに、話が進まないことこの上ない。

 オウルは苛立ち、ハールーンは冷ややかな目でのんびり構えるソラベルを見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ