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第37話:疫病神の帰還 -4-

 幽霊でも見たような一等神官の様子で、オウルは確信した。

 この男は、使えないだけでなく奇想天外すぎる部下(アベル)を扱いかねたのだ。だから適当な理由をでっちあげて旅に出した。

 つまりアベルの『使命』とは、やっぱり事実上の追放であったのだ。


 当然と言えば当然である。こんな男に重要な使命を任せるような上役がいたとしたら、そいつは間違いなくアベル以上におかしい人間だ。そんな人間には存在してもらいたくない、世界の平和のために。

 だが『苦労して納屋から駆除したネズミがあっという間に戻って来たのを見付けた人』みたいな表情をしている上級神官に同情する気にはなれなかった。


 追い出したい気持ちは分かる。ソラベルの立場になれば、百人のうち九十九人がそう思うだろう。

 しかしだからと言って、自分のところから追い出して安堵するのは人としてどうなのか。大神殿の外にも人は暮らしているのである。こんな妖怪を野に解き放って、自分だけ楽になろうなどあるまじき態度だ。

 この男はきちんと責任を取るべきである。『アベルを引き取って元通り面倒を看る』という責任を。


 オウルに睨まれているのを感じ取ったのか、

「その……この俗人たちはいったい……」

 落ち着かない様子でソラベルは言う。立派な聖職者というよりは、ただのおたおたしたオッサンだ。

 この弟子にしてこの師あり。そんな感想を抱いてしまう。


「そもそも、なぜ戻って来たのだ。アベル」

「はっは、そんなにお喜び下さらなくても」

 アベルは明るく笑った。

「使命は順調に進んでおりますぞ、ソラベル様。我が神言は多くの町や村を救い、東の果てのソエルでは国王陛下から感謝もいただきました。大神殿の威光は余すところなく地を照らしておりますぞ」


 どうしてそんなに気楽でいられるのか。彼の帰還で明らかにソラベルが動顛しているのに、なぜ気付かないのか。空気を読むという能力が生まれつき欠如しているとしか思えない。


「ソエルの……国王……?」

 一等神官は卒倒しそうな目をしていた。その気持ちはオウルにも想像できた。アベルが国王に何を言ったのかと思うと気が遠くなりそうなのだろう。自業自得ではあるが。


「ま、まさか。まさかアベル、国王に拝謁したのではあるまいな」

「したに決まっているではないですか。私は大神殿の特使で三等神官です。国王陛下が歓迎してくださるのは当然のことです。しなければ、それは大神殿への不敬というものでしょう」

「そ、それはそうだ。それはそうなのだが……その、私は使命についてはくれぐれも他言無用と申し付けたはずだが」


 ソラベルの青い目がすがるような光を浮かべる。

 だがその希望を、弟子はあっさりと打ち砕いた。

「そうでしたな。しかし、考えてもご覧くださいソラベル様。沈黙は必ずしも美徳たりえません。大神殿の威光を知らしめるため、功績は派手に喧伝いたしませんと。いえ、決してソラベル様のお言葉を忘れていたわけではありませぬぞ」


 もともと青白かったソラベルの顔色は、それを聞いて紫色になった。

「エ……エリオス。エリオス。水を持ってきてくれ」

 息も絶え絶えに言うと、エリオスがさっと現れて水瓶をうやうやしく師に渡す。ソラベルは蓋を乱暴に開け、瓶に口を付けてがぶがぶと飲んだ。


 半分近くを空にしてようやく少し落ち着いたようだ。瓶をエリオスに戻し、深呼吸を繰り返してから彼は再びアベルに向かい合った。

「よく分かった。やってしまったことは仕方がない」

 と言うあたり、弟子の人間性は理解しているようである。

「しかしなぜ道半ばにして戻って来たのだアベル。そしてその俗人たちは何者であるか」

 威厳を取り繕って詰問しようとしたのだが、


「私は船長だ」

 割り込んだティンラッドが話の腰を折った。神官同士のやり取りを聞くのに退屈していたらしく、あまり機嫌が良くない。

「アベル。君の師匠はずいぶんと落ち着きのない人だな」

 つけつけと言う。ソラベルの顔色がまた青くなった。


「失礼ですぞ、船長殿」

 アベルがたしなめた。

「ソラベル様は柔軟性に欠けていてとっさの判断に迷いがちであり、神経も細くてすぐに取り乱してしまわれる方ですが、立派な家柄のお生まれですし字もきれいです。一等神官ですぞ、もっと敬意を示してください」


 それって肩書と生まれ以外にホメるところがないってことか。オウルはツッコミたかったが、他人をどうこう言えるような人間でもないのでこらえておいた。こちらには肩書も家柄もないし字も普通だ。そう思うとソラベルは尊敬されるべき人間であるかもしれない。


 それにしても、もう少し歯に衣を着せられないのだろうか。アベルに期待しても仕方のないことだが。

 ソラベルはものすごい目つきで弟子を睨んでいた。神官服の飾り布で絞め殺したいと思っているのかもしれない。多くの人がアベルと相対するとそういう気分になるだろうから、珍しい話ではない。


 ここまでのやりとりで、師弟の相性が最悪であることは分かった。

 アベルと相性がいいなどというのは、そこで突っ立っている陸に上がった船長のような変人くらいだということは置いておいて。


「ソラベル様。こちらはティンラッド殿、こちらはオウル殿。お二人は私の崇高なる使命に共鳴し、共に旅をして来た得難い仲間です。ぜひお見知りおきください」

 アベルは仲間二人を朗らかに紹介したが、

「はあ。それは弟子がお世話になりました」

 ソラベルは困ったようにティンラッドとオウルを見比べる。


「しかし申し訳ありませぬが」

 再び威厳ある口調に戻り、てきぱきと言う。

「この内殿は神に仕える者たちが住まうための場所でございます。特別に許された者でなければ、俗人の立ち入りは出来ませぬ。申し訳ございませぬが、話の続きは場所を変えて……」

「魔王はどこにいますか」

 ティンラッドが話を遮った。


 ソラベルは『は?』と間抜けな声を出し、そのまま固まってしまう。こんな対応をされたことがなかったのかもしれない。普通はない。

 しかし口を開けたままのソラベルに、ティンラッドが苛立った様子になる。

「魔王はどこにいますか。大神殿の偉い人ならご存知でしょう。ほら、ぼけっと口を開けていないで教えなさい。さっさと話せばすぐに済む!」



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