第29話:再び砂漠の旅 -9-
オウルとバルガスは顔を見合わせた。
「ロハスくん。例のヒカリゴケの装備はどうなっている」
バルガスに聞かれてロハスは舌を出す。
「売りつけるの忘れてたー。いやあ、ハルちゃんと調整しなきゃいけない交渉事がすごく多くってさあ」
「じゃあ、何だ。コイツはヒカリゴケの護符はまだ持ってない?」
「うんそう」
「ちょっと待って。何そのヒカリゴケの何とかって。何か僕だけ持たされてないような感じなんだけど。僕だけ不当に扱われてる感じがすごくするんだけど」
ハールーンが不服そうに割り込んできたが、オウルにもバルガスの考えが何となく分かってきた。
ヒカリゴケのお守りには力のない魔物を遠ざける効果もある。それをつけていれば、ハールーンの傍にこんな小さな砂ヘビが寄って来たりはしなかっただろう。
それにしても、他の仲間は全員それを装備しているのだ。力量のない魔物はそうそう近寄って来ないはずである。今までにもこんなことはなかったのだが。
「……コイツ、魔物を操れるだけじゃなく魔物に好かれる?」
口に出したオウルの疑問に、バルガスも同意した。
「その可能性は大いにあるな。そもそも魔物との親和性、同調性が高いのだとしたらサラワンでの一連の出来事にも納得がいく」
つまり自動魔物引き寄せ器。
安全に旅をしたいと思うなら、何と面倒な才能の持ち主であろうか。
サラワンを滅ぼしたのは一つ目の魔物と能力が同調・共鳴して強化された結果であったとしても、近くにいる魔物を引き寄せやすくするくらいのことはしでかしてくれそうだ。
ヒカリゴケのお守りで相殺できるなら良いのだが。
魔物と楽しそうに遊んでいるハールーンの姿を見ていると良くない予感しかしない。サラワンで大量の魔物を操っていた姿を思い出しても、やっぱり嫌な予感しかしない。
「ちょっと聞きたいんだが」
オウルは慎重にたずねた。
「結局のところお前ひとりだと、どの程度魔物を操れるんだ。大きさとか数とか」
「そんなの相手にもよるよ。決まってるでしょ」
というのがハールーンの返答だった。
「人間と同じ。気が合うやつもいれば合わないやつもいる。昨日みたいに群れの結束が強くてそこそこ知性があって、こっちに攻撃してくる気満々なヤツとかと急に仲良くしろって言われても出来ないし」
なるほど、そんなものかとオウルは思う。確かに敵意満々の盗賊団といきなり意気投合など、人間同士でも普通出来ない。それと同じようなものなのか。
「でも相手が落ち着いた状態でこちらが敵意を見せなければ寄ってくる魔物は多いよ。相手の知性が高いほど複雑なことを命令できるけど、その分掌握したり干渉したり出来るようになるまでに時間がかかるし。この子みたいだと何も考えてないからカンタンなんだけどね」
オウルは軽く眉をしかめる。当たり前のことのようにハールーンは言うが、それはつまり彼が他者の思考に介入して干渉できるということだ。
(それが魔物限定……ってことならまだいいが)
あの白い街での出来事を思い出す。あれは一つ目の魔物だけの能力、あるいはそれがいたからこそ発揮できた能力だと彼は今まで思っていた。
(だが、そうでない可能性もある)
だとしたらハールーンの秘めた能力はかなり危険なものだ。
研鑽していけば魔物の力を借りずとも他人を当たり前に操ることが可能になるかもしれない。ソエルの王城でセルゲが見せた手管よりもっと鮮やかに、もっと巧妙に。
(ルガール師やその門下生が見つけたら、目の色変えるんだろうな)
魔術師の都で塔の一つを預かるルガールは、人の精神を研究していることで有名だ。その術は人を操り思うままに動かすことに長けていると言われる。
そんな連中が見ればハールーンの能力は恰好の研究材料だろう。一生、塔に幽閉されるようなことになってもおかしくはない。
幸運値マイナス二百は伊達じゃないなと思った。こんな能力を持って生まれついた、そのこと自体が不運すぎる。力さえなければ、この男は故郷も家族も失わずに済んだのだ。
ちらりと横を見ると、バルガスも黙ったままハールーンをじっと見ていた。その表情を見ただけで同じことを考えているのが分かった。
塔にいた時に飽きるほど見た、魔術師が面白い研究対象を見つけた時の顔だ。
「ねえ、疲れた。頭痛い。休ませて。あと甘いものちょうだい。水も」
蛇の魔物を手に絡ませたままで、ハールーンがほざいている。
本人がふてぶてしいのが唯一の救いだとオウルは思った。態度が図々しいので、今一つ悲壮感に欠ける。
「ふざけるな。もう出発するぞ。日暮れまでに地図にある小オアシスにたどり着きたいんだ」
オウルはそう言って背中を向けた。後ろからハールーンの文句を言う声が聞こえる。
「やけに厳しいな」
バルガスが声をかけた。
「別に。他のヤツにと同じだよ」
言いながら、荷物にもたれて眠りこけているティンラッドを蹴飛ばして起こす。
「他の者と同じか」
バルガスが薄い唇を厭味たらしく吊り上げた。
「あれは絶好の研究資料だが。サルバール師の門下は世界の神秘には興味がないのかね?」
「資料じゃなくてパーティの仲間だろうがよ」
オウルはつっけんどんに言った。
「船長がそう決めたんだから、俺たちは従うしかねえだろう」
答える代わりにバルガスはくつくつと低く嗤った。それがとても気に入らなかったので、オウルは振り返ることをしなかった。




