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第28話:砂漠の向こうへ -6-

 街が地平遠くの小さな点になった頃、パーティは途中の砂丘の陰で休憩をとった。理由は主に、ハールーンが『疲れた、休まないと動けない』と言い張ったからである。

 もちろんオウルは怒った。怒ったがその言葉を容れざるを得なかった。彼の見たところハールーンはピンピンしていたが、ラクダの方が明らかに疲れていたからだ。


「さっき出発したばかりじゃねえか。そうそう休んでられねえんだよ、少しでも早く次の街に行きたいんだからな。だいたい俺の忠告を無視してラクダを早足で歩かせるからこんなことになるんだ。他の迷惑を考えろよ、この坊ちゃん育ちが。今までの道のりでは魔物が出なかったからいいようなものの、気を抜いている時に襲われでもしたら」

「ああ、そろそろ出るかもね」

 くどくど言うオウルに、ハールーンは気のない返事をした。

「ハダルと僕の力が及んでいた範囲をさっき越えたから。ここから先は普通に魔物がいるんじゃない?」

 茶飲み話をするようなニッコリ笑顔。オウルは頭の血管が切れるかと思った。


「お前なあ?!」

 怒鳴るオウルを、ロハスが止める。

「まあまあ。まあまあまあ、オウル落ち着いて」

「離せよロハス! コイツとは一度きちんと話を着けねえと気がおさまらない」

「やめなよ。無駄だから」

 諦めのまじったため息をついて言ったロハスの言葉が、オウルの頭を少し冷やした。

 説明を求めるようにロハスを眺めると、商人は両手を広げて見せる。


「だからさ。オレ、ハールーンと宝物の値踏みでさんざんやり取りしたでしょ。それで分かったことがある。この人、話は一切通じない。って言うか自分が聞きたいことしか聞かない」

 そのために自分がどれだけ苦労したかをロハスは切々と語る。ハールーンはニコニコ微笑んでそれを聞いていた。

「だからね。言うだけ体力の無駄だからあきらめな、オウル。その方が平和だから」

「って何で話す前から諦めろって話になってるんだよ。だいたいそんなの坊ちゃん育ちにも程があるだろうが!」

「いやあ……育ちが良くてもちゃんと話が通じる人も世の中にはいるから。一緒にしたら世間のお坊ちゃんたちが可哀相じゃないかな。これはごく特殊な例だと思うよ」

「どれだけ特殊なんだよ、コイツは異界の生物か?!」

  

 黙って聞いていたハールーンが小首をかしげる。

「何だかひどい言われようだなあ。あのさあ……僕はたった今、大切な大切な、美しくて優しくてこの世の物とも思えないほど素晴らしい姉さまとお別れをしてきたんだよ? もっとみんなで気を遣うべきところじゃない? 僕の繊細な心は別れの悲しみに張り裂けそうなんだからさ。だからお茶ちょうだい。あとお茶菓子も」

 当然のように手を突き出す。

「本当に繊細なヤツはそういうことは言わねえんだよ、この野郎」

 オウルは怒りのあまり何だか気が遠くなってきた。


「その上、気持ち悪ぃぞコイツ。いい年して姉さんに甘えすぎだろうが。だいたいお前、年はいくつなんだ?」

「僕? 二十三だけど」

 オウルは本気で倒れるかと思った。自分と同じ年だったからだ。

「嘘だろう! 冗談だろう! どこの世界にこんな甘ったれた二十三の男がいるんだよ」

 叫びには絶望がまじる。


「え、ウソ、僕と同じ年?! 絶対、十歳くらい年上だと思ってた……!」

 目を丸くしてそんなことを言うのがまた、腹が立つ。

「ふうん……下々の人って大変だね。苦労するから早く老けちゃうんだろうね。カワイソウ」

「なんで俺が上から目線でいたわられてるんだよ?!」

「気の毒だよね」

「憐れむような視線を向けるのはやめろ!」


 他の連中はといえば、このやり取りを面白そうに眺めている。やはりこのパーティの中に自分の味方はいないとオウルは思った。


「もういい。でお前、ステイタスはどのくらいなんだ?」

 たずねると、ハールーンはまたしても首をかしげた。

「知らない。測ったことない」

 オウルは頭に血が上りすぎてその場で倒れるかと思ったが、何とか持ちこたえた。

「……分かった。測ってやるからそこでじっとしてろ」

 観相鏡を取り出し顔に乗せる。視界に数値が浮かび上がる。


ハールーン

 しょくぎょう:まものつかい

 Lv17

つよさ:186

すばやさ:343

まりょく:220

たいりょく:120

うんのよさ:-200

そうび:こうきゅうなまんと

もちもの:ひかりのほうけん


「ちょっと待て」

 オウルは観相鏡を外して服の端で拭き、もう一度かけ直した。

 残念ながら、見える数値に変化はなかった。


「……どこからツッコめばいいんだ」

 前にもこんなことがあったような。そう、確か森のオクレ妖怪を観相した時にもこんな衝撃が走ったような。

 いや。アベルに比べれば、ハールーンのステイタスはずいぶんとマシではある。一人で魔物や旅人たちを相手取って来ただけあってそれなりのレベルに達してはいるし、数値も基本的には高めだ。……基本的には。


「待て。まず簡単な方から行こう。職業・魔物使いって何だ。そんなもの聞いたことがないぞ」

 魔物は人に馴れない。言うことをきかない。だからこその魔物……だったはずだったのだが。

「そもそもの始まりは、彼があの一つ目の魔物を制御し得たところから始まったのだったな」

 バルガスが言った。

「君のその能力は他の魔物にも応用できるのか?」

 問われてハールーンは戸惑った様子になる。

「さあ……やってみたことないから分からないよ。ハダルを通じて他の魔物を動かすことは出来たけど、それは僕じゃなくてハダルの力だと思うし」



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