第24話:地下水路の冒険 -4-
そのまま数時間、地下の単調な旅が続く。
オウルは結局、半時間ほどで音を上げて荷車から下りた。あんなモノに乗っているくらいなら、自分の足で歩いた方がなんぼかマシというものだった。
杖に灯した光の外を、小さな魔物が逃げていく。
ここでもヒカリゴケのお守りの力のおかげで、小物に道を邪魔されることはない。
ただし、ティンラッドが期待するような大物との出会いもなかった。
「ちっとも魔物が出ないじゃないか」
ティンラッドはまた怒り始めた。
「どうしてこうなんだ。ちっとも面白くない。何のために旅をしていると思ってるんだ」
「さあ。何でだったかね」
オウルは歩くだけで息が切れるので、投げやりに返事をしておいた。
それにしても。朔の翌日はティンラッドも具合が悪そうにしていたのだが。オウルが体調が戻らないのに比べ、彼のこの元気さは何なのか。
基礎体力の違いなのだろうが。自分の方が十以上も若いはずなのに、と思ってオウルは面白くない。
「船長」
背後のバルガスが低い声で言った。
全員が振り返ると、バルガスは静かにするように身振りで示した。
ティンラッドの雰囲気がたちまち変わる。表情が冷静になり、両方の瞳が生き生きと輝き出す。
戦いの場のティンラッドは、普段のぼーっとした姿とは別人のようだ。
バルガスは黙って水面を指さした。
前方から後方へと滔々と流れていく水路。その水面におかしな波が立っていた。
水流に逆らって打ち立つ波が、白いしぶきをいくつも上げている。何か大きなものが、川下から近付いてきている。そう直感した。
明かりを消すべきか。一瞬迷う。だが、今さら消しても無駄だと思った。この暗闇の中、杖に灯る光はずっと遠くから見えているだろう。消して味方の視界を奪う方が不利。そう考える。
ティンラッドが腰の刀に手をやる。バルガスはとりあえず、杖を掲げる方を選択したようだ。二人が前に出る。
オウルはロハスとアベルを後ろにして、五人の真ん中の位置を取る。彼の使える呪文の特性から考えると前衛すぎるほど前衛の位置だが、後ろの二人は更に戦力的にカスなので自分がここに来ざるを得ない。
「あっ、ロハス殿。何をなさいます。そんなに腕をつかまないで」
後ろから、アベルがひそひそ話す声が聞こえてくる。
「ダメ。こうしてないと、アベルちゃん、ひとりで逃げるでしょう。自分だけ生き残ろうなんて許さないよ」
ロハスが答えている。腕ずくでアベルの逃走を押さえているらしい。
オウルはため息をついた。緊張感がないことこの上ない。
「おい、静かにしろよ」
仕方なく、後ろを振り向いて言った。
「船長たちはもう戦闘態勢に入ってるんだ。ごちゃごちゃ言うな、少しはお前らも身構えろ」
その時。
激しい水音と共に、水しぶきが雨のように全身に降りかかった。
「ひええええええ!」
「うぎゃああああ!」
ロハスとアベルが同時に悲鳴を上げる。
出た。
そう察して、オウルは急いで振り返る。
その視界に。
生白く半透明な体に、目のないのっぺりした巨大な頭部が。水の中から首をもたげ、こちらに丸い口を開けているのが飛び込んできた。
頭部の向こう側にはえりまきのような太い環帯。そしてその後ろには、いくつもの体節に分かれた長い体がどこまでも続いている。
「うげえ。ミミズのバケモノ」
ロハスのかすれた声が聞こえた。
「オレ、ミミズ大嫌いなんだ。子供の頃、薬だと言ってばあちゃんに焼いたミミズを無理やり飲まされた。それ以来、見るだけで吐き気がする」
「あれは熱さましに効くぞ」
オウルは機械的に答えた。
目の前の巨大なミミズの姿が不気味すぎて、感性が麻痺している。
「オウル君。おしゃべりをしている暇があれば支援をお願いしたいのだが」
バルガスが振り返らずに、厭味っぽい口調で言った。
「防護呪文の追加、それと明かりを強くしてくれ。ロハス君、アベル君。念のため回復の準備を頼む」
ロハスはともかく、アベルに頼むのはどうかと思ったが。
たった五人のパーティである。アベルの不確かな回復呪文にも頼らなくてはならない場面が到来する可能性は十分にあるのだ。
オウルはすぐさま杖を構え、パーティ全体に防護呪文をかけた。
ほぼ同時に、バルガスの低い声が地下水路に響き渡る。
「ガル・スム!」
黒檀の太い杖から赤々と燃える火球がいくつも飛び出し、魔物の体に向かっていく。炎は魔物の体表の上を滑るように走って行きそのまま水路の壁に当たって消えたが、魔物は苦しげに体をよじった。やはりミミズで熱には弱いようだ。
「体表の粘液が攻撃を防いでいるようだな」
バルガスの声が響く。
「船長、注意したまえ」
「かまわん。頭がこんなに近くにあるんだ、あれを潰せば終わるような気がするが」
ティンラッドは新月をすらりと抜く。黒い刃がオウルの杖先の明かりを反射する。
彼はきっと笑っている。オウルの位置からは背中しか見えないが、声が弾んでいる。
「さて、どうかな」
言うなり。
ティンラッドの長身がぐっと沈み込んだと思うと、次の瞬間、高々と跳躍した。
黒い刃先が矢のように、魔物の頭部を狙う。
魔物が頭を大きく動かした。新月の刃先は皮膚をとらえたが、それもバルガスの火球と同じようにぬるりと滑り、深くは刺さらない。
ティンラッドは舌打ちする。
空中で体を大きく振って、魔物の頭を飛び越えると水路の反対側の通路に着地した。
暗い水面から身をもたげている生白い不気味な影の向こう側で、固まり合っている仲間たちの姿が見えた。




