第18話:酔っ払い放浪記 -1-
ルデウス四世の振舞いで全員が山のようなごちそうと浴びるほどの酒を提供され、存分に楽しんだその後。
ふと目を覚ますと、アベルは王城の廊下で横になっていた。石造りの床に直接寝転がっていたので体中が痛む。
「むむう。これはいかなることですかな」
ひとりごとを言いながら、身を起こす。
そう、宴会は大いに盛り上がった。きれいな女官が給仕してくれ、アベルはご機嫌だった。
陰気な顔の魔術師二人は、腹がいっぱいになると適当に席を立って自室に戻ってしまったが(アベルはそれを面白味がないと思った)。残ったティンラッドとロハスは歌ったり踊ったり、国王やその部下たちと共に楽しく盛り上がっていたのだ。
もちろんアベルも率先して盛り上がりまくっていたのだが。
腕を組み首をかしげる。記憶がおぼろげだ。
考えているうちに段々思い出してきた。宴も最高潮のところで国王が退席し、楽しげだったロハスも寝室に行くと言いだした。
「それはないですぞぉ~。もっと飲みましょうぞ、国王さま、ロハス殿」
とアベルはすがりついたが。
「明日の政務に差し支えるので」
「アベルちゃん。お金がオレを呼んでいる。旅の商人はお金を守るため、決して完全に酔いつぶれてはいけないのさ」
と、すげなく振り払われてしまった。
何と不粋な。アベルは憤慨した。こんな夜はとことんまで騒ぐべきなのである。
明日のことだの小銭のことだの、そんなことに拘泥するようでは大物とは言えない。
「仕方がありません。残ったものだけで思い切り騒ぎましょうぞ!」
ティンラッドが同意してくれたのに力を得て、アベルは席を外そうとするハルベルを無理やり引き止め、飲んで飲んで飲みまくった。
そして。
ううむ、とあごをなでる。
夜半を回り、さすがにもう部屋に引き取ってくれと侍従長に言われたような。
それなら部屋で飲む、と酒瓶を持ちハルベルを引っ張って寝室に向かったような。
朦朧とした頭で周りを見回す。どうやら今いるのは、彼らが与えられた客室のある廊下のようだ。
そしてアベルのすぐ横で、ハルベルが大の字になって大いびきをかいていた。
どうやら部屋にたどり着く前に、二人とも廊下で眠ってしまったらしい。
アベルはフラフラと立ち上がり、ティンラッドの部屋に向かった。まだ起きていれば飲み会の続きを始めようという肚だ。
ティンラッドは寝台でぐっすり眠っていた。長い脚がはみ出している。
「船長殿、船長殿。起きて下さい、もっと飲みましょうぞ」
自分もさっきまで眠っていたことは棚にあげ、ティンラッドを起こそうとアベルは肩を揺する。
しかしティンラッドは目を開けない。そのうち、うるさそうに腕を大きく振り回した。危うく殴られそうになってアベルは床にしりもちをつく。
「むむう。船長殿は泥酔なさっている様子。これではダメですな」
そう言って隣りの部屋を試してみる。ロハスの部屋には固く鍵がかけられていた。
おそらく、誰かが小銭を盗みに来るのではと最大限に警戒をしているのだろう。
「ロハス殿はお金にこだわりすぎですぞ。明るくて良い人だが、現世の富に執着しすぎてはいけません」
今度ゆっくり説法をしよう。そう思って次の部屋を開けようとする。
バルガスの部屋にも鍵がかかっていた。アベルは舌打ちする。
「バルガス殿にはもう少し打ち解けてもらいたいものです。いくら闇の魔術師でも、性格が暗すぎますぞ」
仕方ない。オウルを起こそう。
次の部屋の扉には鍵がかかっていなかった。アベルは喜んで足を踏み入れようとして。
目に見えない手に押し戻された。
「こ、これはどういうことですか。部屋に入れませんぞお?!」
寝台で毛布にくるまっているオウルの姿は見えているのに、近付くことが出来ない。
「オウル殿ーっ。あなたの仲間が助けを求めておりますぞ、オウル殿ーっ」
叫ぶが、オウルは聞こえない様子で安らかに眠っている。
アベルは知らなかった。その部屋にはオウルの手で『酔っ払い進入禁止』の結界が施されていることに。こういう闖入者があることを彼はおおよそ予測していたのである。アベルかティンラッドかロハスか、誰が来るかまでは予測できなかったが……誰が来たって迷惑だという結論に達し、彼らを遮断するための結界を構築するために全力を使った後、眠りについたのだった。




