第13話:魔術師の娘 -6-
オウルはきょとんとした。話がさっぱり見えない。
「ダルガンって誰だよ」
つぶやく。ここに自分がいる必要があるのか、しみじみ疑問である。
「英雄ダルガンを知らんのかね」
それを耳ざとく聞きつけて、バルガスが軽蔑したように言った。
オウルはうんざりする。
「知らねえ。誰だそれ」
「魔王に挑んで殺された戦士だ」
バルガスは。
薄ら笑いを浮かべて言った。
「ま、魔王?!」
オウルの声が思わず大きくなる。
「魔王って、本当にいるのか?!」
「おや。我々のパーティは、魔王を倒すのが目標なのだと思っていたが」
莫迦にした口調で返すバルガス。
だが、それに構う余裕はオウルにはなかった。
「いや、それはよ。船長が勝手に言ってるだけで」
頭の中が激しく回転する。
「けど、本当かよ。魔術師の都でだって、魔王の存在は噂だけで、誰も本気にしていなかったし。いるんならどこにいて、どんなヤツなんだ」
「さあ。知らんね」
バルガスは肩をすくめる。
「だが、殺された人間がいるのだから殺した相手はいるのだろう」
「ダルガンは父の友人だったのよ」
マージョリーは唇を噛んだ。
「彼の旅に同行できなかったこと、父は最期まで悔やんでいたわ。でも、仕方なかったのよ。父はもう高齢だったし」
「左様。仕方なかっただろうな」
バルガスがゆったりと言う。
マージョリーはそれを、きついまなざしで睨んだ。
「バルガス。父のやったことに意見でもあるの?」
「ないとも。弟子が師の判断に文句をつける権利はないからな」
バルガスは軽くかわして、オウルの後ろを見た。
「魔王の情報なら、大神殿で得られるかもしれん。ダルガンを看取ったのは大神殿の神官だからな」
オウルは振り返る。
ティンラッドが、酒に酔った茫洋とした表情でそこに立っていた。
「船長」
オウルはびっくりした。
「いつの間に?」
マージョリーも目を見開く。
「ああ、失礼。君、お嬢さん」
ティンラッドはいつもと変わらない調子でそう言う。
「町長が酔いつぶれてしまったのだが、奥方を呼んできてもらえないか。寝室まで運ぼう」
「あ、いえ。そういうことなら、息子さんたちを呼んでくるわ」
マージョリーはそう言ってから、バルガスを睨む。
「バルガス。貴方、どういうつもりなの」
「別に。私はこちらの船長のパーティーの一員として、出来る限り力になりたいと思っているだけだよ」
そのまま。黒い瞳はティンラッドを見る。
「そういうことだ。どうするかね、船長」
「さあ。大神殿ならもともと行くつもりだった。私としては、敵がいるならどこでもいい」
ティンラッドはあっさりと答えた。
「他に行くところがないならそこへ向かうまでだが。君こそ、この場所で何かやりたいことがあるのじゃないのか?」
問い返されて。バルガスは意外そうな表情をする。
それから、立ち去ろうとしているマージョリーの背中に声をかけた。
「マージョリー。師の研究室の封印はどうなっている?」
「言ったでしょう。開かれたわ」
その答えに、バルガスは眉をひそめる。
「そのままか。あの場所は永遠に封印するのが師の意思だった」
「そうね。消却ではなく封印を父は望んだ。封印はいずれ破られるものよ。どんなに厳重にしたとしてもね」
「破られたのではない。君が開かせたのだろう。それは君の意思だ」
「父の遺志も同じよ」
「それは君の解釈だな」
二人の間に緊張が走る。
しばらくの沈黙の後、バルガスが言った。
「封印の術式を渡したまえ、マージョリー。あの場所は私が再度封印する」
マージョリーは鋭くバルガスを見た後。
「勝手にしなさい。ティンラッドさん、すぐに町長の息子さんたちを広間にやりますから、皆さんはあちらでお待ちください。客人が館の中を勝手に歩き回るなど、無礼です。バルガス、術式は明日貴方に渡すわ。好きにすればいい」
言い捨て、足早に立ち去った。
残された三人はしばし顔を見合わせる。
「やれやれ。強気な女だ」
バルガスが肩をすくめる。
それをチラリと見てティンラッドは。
「それじゃあ君たち。お嬢さんの命令に従うとするか」
腕を伸ばして、二人の背中を押した。
今の一幕の意味について考え込んだまま。オウルは、黙って広間へ戻った。




