苦労人のジョシュア
妖狸族はおっとりとした性格の子が多い。乙葉家本家も分家も、他の家の狸もみんなのんびりとした性格だった。
だから、私たちは騙されることが多かった。
得意なものは何もない。そんなふうに思われていた。
でも、私は妖狸族だって頑張れば出来るんだ、っていうことをみんなに見せたかった。
私は目覚めのコーヒーを自室で飲みながら、この数日の出来事を考えていた。
「ビオレッタ様……本当に離婚したんだ」
昨夜のニュースでは九尾の妖狐族刹那家の崩壊の話題でもちきりだった。
刹那家は小さくなり、他の妖狐族の家柄へと吸収される。
当主であったパワハラお父様は、遥か西の大陸に左遷されることとなった。
アイギス様がどうなったかわからないけど、私はアイギス様の『仮婚約者』という特殊な身分を手に入れた。
ビオレッタ様だけではなく、セリア様のお力添えもあったという話だ。
「仮婚約者か……。うん、お弁当作らなくていいから楽でいいわ」
今日は少しだけ寝坊して朝のまどろみを楽しんだ。それでも朝五時に起きて、侍女たちと一緒に朝食の準備をする。
侍女たちは慌てて私を止めたけど、なんだか、料理をしないと身体を持て余しちゃうんだ。
自分の分だけだから、料理はすぐに終わってしまった。
「……流石に時間が余りすぎちゃった」
余った時間で簡単なクッキーを焼く。うん、これは学園のおやつにしましょ。
お弁当の準備が終わり、狸術の鍛錬を行い、筋トレとヨガ、それに趣味の陰陽術と西洋王国魔術の勉強をしてから、妹たちと両親を起こし、みんなで朝食を食べる。
心なしか両親の顔色が良かった。色々、心配事が消えたからストレスが無くなったんだと思う。
妹たちはわちゃわちゃと楽しそうにご飯を食べていた。それを見ているだけで心が癒されるわ……。
私は朝食のハムエッグを食べながら、ビオレッタ様が用意した書類を見る。お行儀悪いけど、効率的だからね。
「それにしても、本当に妹たちにこんなすごい婚約者様を用意するなんて……」
今朝、郵便が着ていた。そこにはビオレッタ様推薦の妹たちの婚約者の紹介状だった。
どれもこれ帝都で有力な高位貴族の子息ばかりであった。
それでも、この婚約は強制ではなく、もしも学園で良い貴族と出会えて恋愛できるならそれに越したことはない、とのことだ。
「あっ、この写真、ジロー君だ! ふふ、可愛い」「こっちの写真はサイラス君だよ?」「えっと、な、なんで姉様が私の想い人、ライラック君のことをしってるのですか!」「ラインハルト君は優しいから好き〜」
……えっと、なんかうまくいきそう?
***
学園に近づくと、妙な空気を感じた。
なんというか、他の生徒から見られているのかな? きっとアイギス様とのことが広まったんでしょうね。
そんな中、貴族の子息が私に近づいてこようとした。でも、怯えるように逃げてしまった。
後ろを振り向くと、あの人がいた……。
アイギス様。
ビオレッタ様との約束を思い出す。……今、私とアイギス様は仮婚約者という状態。三か月間だけ我慢すればいい。自分の心のままに行動すればいいだけの話ですわ。
「ロ、ロゼッタ!! お、俺は」
「失礼します。私は今日は図書室で本を借りたいので時間がありません」
「待ってくれ! 俺達、仮にも婚約者だ」
「ええ、仮ですわ」
「埋め合わせを、誕生日の埋め合わせをしたいんだ!」
私は立ち止まってアイギスを見た。……なんだか少し痩せこけたような気がしたけど……うん、気の所為ね。雰囲気が前とそこまで変わっていない。
口だけならなんとでも言える。
魂が本能が透けて見れるの。
私はポッケの中から包装されたクッキーをアイギス様の目の前に持ってきた。
アイギス様は躊躇なく、それを受け取り、包装を雑に破き、クッキーをかじった。
何も言わずに、ね。
「……8点だ、この俺がスイーツに8点をつけるなんて、母上のアップルパイ以来だ。流石だ、ロゼッタ。腕を上げたな」
反射的にイラッとしてしまった。なんだろう、この無性にいらつくものいい。自然に私を格下に見て馬鹿にして……。
腕を上げたな、じゃないわよ……。
きっと今、私は魂が抜けたような顔になっているかもしれない。わかってる、アイギス様には悪気が一切ない。これは本人なりに褒めていると思っているんだ。
アイギス様は私の視線に気が付き、自分が何か間違っていたんじゃないかと、オロオロと戸惑う。
と、その時、校門に寄りかかっていた一人の貴族が私たちに声をかけた。
彼が動くと、周りの令嬢から黄色い歓声が飛びかう。
「へい、子猫ちゃん。どうやらストーカーにお困りのようですね。……僕はカムイ……あの、龍人族のカムイ・七夜志貴だ。以後お見知りおきを」
と言いながら、長身の色男がシュバッと、私たちの間に入ってきた。
なんだか、私はちょっとげんなりした……。
カムイ様は昔から知っている。悪い人じゃない。芝居がかって、ちょっとだけウザい人なんだ。
今度は後ろから声をかけられた。
「ねえねえ、君がロゼッタさんかな? わぁ、久しぶりすぎて全然わからなかったよ! 覚えている? 僕は鬼人族のエリオットだよ! へへ、辺境では沢山冒険したね!」
辺境伯の御子息エリオット様!? 辺境のお姉様方に寵愛されているあの『少年王子』。まさかここにいるなんて思わなかった。エリオット様も悪い人じゃない……、ちょっとだけ腹黒で、疲れる人なんだ……。
私がげんなりした顔をしたのをアイギス様が察したのか――
「おい、お前ら。ロゼッタが困っているだろ? さっさと教室に戻れ」
「へい、アイギス。俺様はセリア様から聞いたぞ? お前らはもう付き合ってないってな! ははっ、婚約者(仮)だろ?」
「うんうん、なら僕たちにもチャンスがあるね。アイギスはモラ男――」
アイギスは私の顔を見つめて、変なウィンクをよこす……。
多分、ここは任せて先に行けって言っていると思うけど……、多分、アイギスはそれどころじゃないと思う。
「アイギス様!! あんた一体何やらかしたんですか!! また馬鹿やったんですか! ていうか、『九尾の守り手』が解散ってどういうことですか! しかもパワハラで部下から集団訴訟ってなんすか! ていうか、セリア様が呼んでいましたよ! マジで怖いんで早く行ってください!」
アイギス様の右腕、『苦労人のジョシュア・八双』。
八尾の妖狐族の当主の息子。憂いの表情がとても似合っていて、いつもアイギス様に振り回される。学園内でも陰で人気がある生徒さんだ。
アイギス様は大きく目を見開いた後、空を見上げていた。なんだろう、目元がキラリと輝いたような気がしたけど、気のせいかな?
私は、とにかく今後の予定を立てたいから、教室へと向かうことにした。
「……私、教室の同級生の皆様にクッキー配りますので失礼しますわ」
後ろから、あっ、という声が聞こえたけど、私はもう振り返らない。
だって、我慢はもうやめたんだから――
次はアイギス回です。




