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妖狐アイギス、さすが九尾



 俺、刹那・アイギスは婚約者である乙葉・ロゼッタに甘えているという自覚があった。


 確かにロゼッタの負担は大きい。だが、その試練があればあるほど、彼女は成長できると思っている。


 婚約者として立派に成長し、刹那家で恥のないようにしてほしいだけなんだ。


 子どもの頃に親から言いつけられた婚約者のロゼッタ。初めは全く興味がなかった。だが、ロゼッタは自分の能力を俺に示し続けてきた。言い方は悪いが、とても便利で融通が利く気立ての良い女だ。


 あの術師として劣る妖狸族なのに、とんでもない才能の持ち主だった。


 だが、俺ほどではない。

 俺は妖狐族でも更に特殊な『千里眼』という力を持っている。その力のお陰で、聖女と名高い猫族の公爵令嬢セリアのお世話をする誉れを承った。


 セリアと俺は親友だ。なんでも話せて、どこへ行くにも一緒だった。猫族としては普通の力しか持たないセリアは、ドジであった。

 だから、俺がずっと見る必要があった。なぜなら猫族の聖女は様々な勢力から狙われる。セリアは帝国にとって特別な存在なんだ。


 俺は親友を守りたかった。幸い、セリアの婚約である天帝子サミエル様はあと一ヶ月で王国の留学から帰ってくる。1ヶ月後は、セリアのことはサミエル様に任せて、俺はロゼッタとゆっくりと仲を育めばいい。


 そんな事を考えながら、俺は公爵家の――セリアの部屋でお茶を飲んでいた。セリアは俺の二つ上。ドジだけど、頭が良いセリアは貴族大学に通いたいらしい。その相談を受けながら、他愛もない雑談をしていた。


「後一ヶ月でサミエル様と再会できます〜」

「ああ、やっとだなセリア」


 俺達は二人っきりの時は敬語なんて使わない、だって親友だからだ。


「ふふっ、あなたはロゼッタさんとどうなんですか? 先日、二人で夜会へ行ってらしたのでしょう?」


 夜会……? ああ、先週末の話か……。久しぶりにロゼッタとパーティーだった。そうだ、俺はギリギリまで守護者としての仕事の打ち合わせをして、ロゼッタとの待ち合わせに遅れてしまったんだ。

 その後……、その後……? 夜会の記憶が全然ない。ロゼッタは……。


「……あまりよく覚えていない。俺は……」


 あの時、セリアが別の場所で船上パーティーに出ていた。俺は自分の部下から、船上パーティーで怪しい一団がいることを聞いて、居てもたっても居られなくなった。


 妖狐族の部下から精神波の救難信号を受け取り、俺は船上パーティーへと向かって……。


 ……まて、俺はロゼッタを置いていって……そうだ、置いてったんだ。しかも、俺はそのまま直帰した。


 背中から汗が流れる。


 子供の頃から張り詰めていた、俺の護衛任務があと一ヶ月で終わりを迎えようとしていた。

 俺も周りを見る余裕が出来た。考える余裕が出来た。


 今日、こんな風に雑談をするのだって、心が軽いからできるんだ。


「……な、なあ、セリア……少し、相談していいか?」


「ええ、どうしたの? ふふ、ロゼッタさんと喧嘩でもしたの?」


「い、いや、喧嘩というか……、その、俺は――」


 俺は今までの自分とロゼッタの関係の事をできる限り客観的にセリアに話した。

 話しているうちにセリアの目がみるみる大きくなり、瞳孔が細くなっていき、全身の毛と尻尾が逆だっていた。


「………………はぁ、私がロゼッタだったら、この爪で喉を掻っ切っていたわよ。……もう、あなたは私にとって完璧超人だったから、恋愛も大丈夫だと思ったのに……。これ、どうするのよ」


「そ、そんなにか?」


「ええ、そんなにですよ! いつ、婚約破棄を言われてもおかしくないですわ! 私の大学の資料なんてどうでもいいわ。すぐに作戦会議するわよ」


「……あと一ヶ月待つのは駄目か?」


「あのね……、そんな事言ってるから駄目なのよ! ……ちょっとまって……ねえ、私、今、ロゼッタの事を水晶通信で調べていたけど……」


 公爵家保有の水晶通信端末。そこには全校生徒の詳しい資料が書かれてある。門外不出の猫族の聖女だけが持てる特別な魔道具。


 セリアがプルプルと震えていた。大事な魔道具を壊しそうなほどの力を込めて……。俺は逃げ出したくなった。



「ちょっとアイギス……、今日って、ロゼッタさんのお誕生日じゃないの……」


「ああ、それがどうした? ロゼッタは誕生日なんて気にしないぞ。身内の女性の誕生日はプレゼントを渡せばいいんだろ? ――プレゼントなら執事に渡しておいた。帝都の雑貨屋にかっこいい木剣が売っていたんだ! 子供の頃も喜んだから、きっとあれならロゼッタも喜――」



 その瞬間、セリアの悲鳴が屋敷中に木霊した……。



「あなたはあの九尾の刹那家ではまともだと思っていたのに!? ああっ!!! もう、 乙女心を分かってないわ! サミエル様……助けて……、まさかアイギスでイライラするなんて思わなかったわ……」


「そうか? 普通じゃないか? それに、ロゼッタは俺に惚れている。大丈夫だ!」


 俺がそういった瞬間、セリアの舌打ちが聞こえ、猫魔術が俺に襲いかかった――




 ***




 涙なんてとうに枯れ果てていたのかもしれない。


 私は、龍をかたちどった木剣を手に持ったまま、自室で立ち尽くしていた。


 執事が顔を引きつらせながらこの木剣を持ってきた。……ははっ、これが誕生日プレゼント? 


 ……流石に、乾いた笑いしかでないわよ。


 私がどんくさい妖狸族だからって馬鹿にしてるのですか?


 私、本当に、アイギス様にとって本当にただの便利屋だったんですね。


「……もう限界。やめよう、全部やめよう。わたし、好きに生きるわ」


 アイギス様の為に、という行為が皮肉にも自分の能力を高めてくれた。


 本当に色々なことをした。全ては婚約者であるアイギス様のためだった。無難な結婚生活を送るための儀式でもあった。


 好きなお菓子づくりに没頭するのもいい。

 諸国へ留学するのもいい。

 冒険者になってダンジョンに潜るのもいい。

 別の恋を探すのもいい。


 私、自由になるわ―― 


 私は木剣を両手で持ち――大きく振り上げ――膝蹴りをして叩き割った――


 ボンッという大きな音が自分の部屋に響く。

 隣の部屋にいた妹たちの足音が聞こえた。



「お、お姉様、どうしまし――ひっ!?」「わわっ! お姉ちゃんが怒ってる!」「大丈夫ですか……?」


「ええ、大丈夫よ。寝てなさい、私は少し片付けていますわ。……あなたたちの婚約者は……必ず私が素敵なお方を探しますわ」


 愛おしい妹たちの姿を見て、少し気持ちを落ち着けることが出来た。木剣のクズを片付けながら今後の計画を練るのであった。




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