表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
昆虫オタクと神社の娘【完結済】  作者: 藤倉楠之
第九章 過去と現在の交点

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

87/129

87 飯田の研究室日誌(3)文史朗のバイアス

「脅迫状は、宮森さんちの神社に関するものだっただろ。もし、侵入盗の実行犯があいつなら、なんで、あいつが宮森さんちの神社を気にするんだ」


「やっぱり飯田さんもそこに到達するよね」


「あいつの前で、お前宮森さんの名前も身元も言わなかったって言っただろ」


「イラついて、ふみちゃんを侮辱するな、くらいは言ったけど。あいつがここで聞いたのは、彼女の呼び名が『ふみちゃん』だということくらい」


「じゃあ、もしあいつなら、なんで、宮森さんのジャケットにあの脅迫状を入れられたんだよ。オオミズアオの事件が、宮森さんを脅すことが最終目的なら、それは宮森さんが神社の関係者で、パーティーに来るとあらかじめ知っていて準備したってことになるだろ。そうではなく、その場で聞いた情報から、とっさにスマホだけでプリントアウトの脅迫文を用意するってのは、不可能じゃないが面倒だ。最終的にコンビニでPDFを印刷するんだろうが、お前の言ってた会場の料理宿は、あれ、野中(のなか)の一軒家なのが売りだろ。近くにコンビニなんかねえぞ」


 店の名前を聞いただけで思い出していた。最近話題の店で、妻が、地元情報誌に掲載されている記事を指さして、いつか行ってみたいと騒いでいたからだ。


「うん。オレも気を付けて見ていたけど、金山がそんなに長い時間パーティー会場を離れていたことはなかった」


 文史朗が少しだけほっとした顔をする。


 こいつは、まだ、学生時代の影響から抜け出せていないのだ。金山にいびられつつ、おふくろさんのために、友達のふりをしなければいけなかった。だが文史朗は嘘が極端に苦手だ。根も葉もない友情をでっち上げて、おふくろさんの目の前でだけ演技するなんて器用な真似ができたわけがない。どこかでまだ、金山が本当に嫌な奴で、自分に敵意を持っていると、認めたくないのだろう。おふくろさんの願っていた通りとまではいかなくても、ごく普通の同級生としての友人関係みたいなものが、うっすらとでもあると信じたいのだ。


 飯田に言わせれば、その方が偏った見方(バイアス)だと思う。


 文史朗はそろそろ、あいつの敵意を直視すべきだ。あいつの厄介な絡みを、自分の人生から断ち切るべきなのだ。


「ふみちゃんが神社の関係者だと知っている人じゃないと、あの脅迫文をふみちゃんのジャケットに忍ばせることはできない。ふみちゃんが来るとあらかじめ知らなければ、あの脅迫文を研究所や神社ではなくパーティー会場に持ってきて、しかもふみちゃんのジャケットに入れるという発想自体成立しない。でも、ふみちゃんが来ると知ってた人間自体、少ないんだ」


「逆に言うとな、金山が、ここのカフェテリアで会った時にはもう既に宮森さんの顔を知っていた、どこの誰だか教えられなくてもわかった、という仮定を置けば、全部解決するぞ」


「でも、ふみちゃんは金山を知らないよ。それは絶対、嘘じゃない。ふみちゃん観察については、第一人者だから」


 そっちも文史朗にとっては冷静に判断を下すのが難しい人物だ。しかし、宮森郁子は好きこのんで嘘をつくタイプにも、ついた嘘がばれないタイプにも一切見えなかった。金山と出くわした直後に、飯田自身も彼女と話しているが、文史朗を案じているだけで、それ以外にはまったく不自然な様子はなかった。まあ、これは額面通りに受け取っていいだろう。文史朗が彼女を実によく観察していることも、もちろん否定する必要はない。


「あるとすれば、宮森さんは金山を知らなくて、金山のほうが一方的に宮森さんを知っていた、という状況だろうな。あるいは、宮森さんは思い出せなくて、金山は思い出せた」


「でも、ふみちゃんは、生まれも育ちもあの土地だ。中学も高校も公立で、大学は国立のL大学文学部。オレとずっと東京の学校で同窓だった金山とは接点がない。年齢も違いすぎるし。バイトも、ふみちゃんパパはすごく厳しくて、ほとんどしたことがないって言ってた。神社の仕事を手伝うのがバイト代わりだったって」


 飯田は肩をすくめた。


「お前、ほんと宮森さんのことはよく知ってるな」


「世間話で本人に聞いたから」


「お前に世間話ってモードがあるのを今初めて俺は知ったよ。いっつも、直球で言いたいことを藪から棒に振ってくるくせに」


 ついでに言うと、興味のない話題、注意集中を必要としないと判断した情報については、徹底的に右から左にスルーするのが文史朗の習性だ。本来の記憶力が人並み外れているからそれが目立たないだけで、見た映画の主演女優の名前すら、必要ないと思えばこいつは覚えていない。


「よけいな無駄口で人の時間を無駄にするなって最初に言ったのは飯田さんだろ」


「とにかく、宮森さんと金山に、金山が一方的に彼女を見知っているという関係があるとわかれば、それが傍証になって、金山が黒だろ、この展開。宮森さんがパーティに行くことはそんなにたくさんの人間が知っていたわけじゃないってお前もさっき言ってたじゃないか。でも、カフェテリアでのやり取りがあったから、金山は彼女が来るのを予想できた。脅迫文もオオミズアオも前もって用意できた。もし宮森さんが来なければ、使わなければいいだけの話だ。オオミズアオは外に捨てておけば、麻酔が切れたらどこかに飛んでいって問題にもならなかっただろう」


 コーヒーを一口飲んでから、飯田は続けた。


「そもそも、俺の昆虫麻酔薬を盗んで持っていたからって、使いこなせるかどうかはまた違う。おそらく盗み出してから実験をして、扱いに慣れてから使っているんだろうが、昆虫と、揮発性物質の双方の扱いにそれなりに通じていないと、そんなに簡単に狙った時間にオオミズアオを飛ばせるもんじゃない。その条件に合う人間は限られるよ」


 しぶしぶ、文史朗もうなずいた。


「揮発性の化学物質を扱う鴻巣研でチョウがテーマの金山なら、たしかに、あれを使いこなすことができるかもね。それに、いちいち網を振り回して野生のオオミズアオを捕獲しなくても、研究室で実験用に飼育していたものをくすねてこられるかもしれないし。そういうレベルのことなら色々言えるけど、でも、これは、単なる想像なんだ。証拠がない」


「いや、もう、その時点で状況証拠で真っ黒だろ。後は何が必要なんだよ。お前の目を覚ますためには」


 文史朗はため息をついた。


「こうやって詰めてくると、正直信じたくないけど、オレにも、金山が噛んでる以外の筋は考えにくい。だから、動機、目的を知りたいんだ。それが分からないと手が打てない。この程度の証拠では、警察には動いてもらいにくいし、窃盗程度では大して引っ張れない。カナヤマグループで守りにかかるだろうし」


「そうかな。グループ全体で関わった犯行にしちゃ、雑だろ。カナヤマグループのマンパワーがあれば、もう少しましなレベルの作戦が立てられたはずだ。正直、おまえ憎さで目がくらみまくっている誰かさんが軽挙妄動しているようにしか見えないけど」


「いや、オレもグループ全体で産業スパイ事案に関わったとは思っていない。あいつのお兄さんたちは普通に付き合いがあるし、穏やかで理性的な人たちだ。損得をきちんと考えて、事を構えないほうを選択してくれる。捕まればデメリットしかなく、盗み出せる情報の勝算もないようなずさんなスパイを送り込むわけがない」


「……それ、お兄さんたちをほめてるつもりか」


「もちろん。だから飯田さんの言う通り、もしあいつの仕業なら、基本的にはあいつ一人の行動だろう。ただ、うちが表立ってあいつを名指しで非難すると、半分引退してるはずのお祖父さんが出てくるんだ。とにかくうちをライバル視してくるから、相手がうちだってなればとにかく事を大きくする方を選ぶ」


「お前らの血縁ってほんとにめんどくさいのな」


「暴走族の勢力争いとそんなに変わんないだろ。そっちはよく知らないけど」


「まあ、そうか」


「ヒトの集団はたいていこうなるんだ。猿山のサルの方が温厚なくらい。いやんなるな」


 まるで自分はヒト科ではないみたいに言う。


「金山の目的ねえ。神社なんだろ。神社。宮森さんの特異体質……は、さすがに関係ねえか。あれは? お守り。ちょっと変な結果が出ただろう」


「アレルギーの交差反応の? うん、たしかにあれはちょっと問題になるかも。例えば、カナヤマ製薬の生薬の担当の人は気になるかもね。成分とか」


「あれは普通に買えるのか」


「買うときに住所と名前を聞かれるし、そもそも積極的に宣伝していないから、誰かから存在を聞かないと買いに行けない」


「でも、偽名でも買えるし、何食わぬ顔で誰かにおつかいを頼んでもいいわけだ。知っていたら手に入るんだな」


「そう」


「基本、アレルギー関係しか調べてなかっただろ。中身をもっとちゃんと調べたほうがいいな。こっちの製薬の担当にも声かけてみるよ」


「お願いできるかな」


「任せとけ」


 飯田は大きくうなずいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


色々なジャンルの作品を書いています。
よろしかったら、他の作品もお手に取ってみてください!
ヘッダ
新着順 総合評価順 レビュー順 ブクマ順 異世界 現実 長編 短編
フッタ

― 新着の感想 ―
[気になる点] やっぱりのー。 金山はあの子じゃないかなー? [一言] こ、これはどんな着地をするか分からん展開になってきましたねぇ(誉め言葉 ふみちゃんの体質を活用した兵器とか生産されたりして第3…
[良い点] 点がだいぶ線になってきましたね。 今回、これってもしや……と思いながら気になる回を見返そうとして、どこにどの回があるのかがとても分かりやすい事に気が付きました。 振り返りやすいサブタイ、…
[一言] ふみちゃんの方に狙われるだけの理由があるとなるとこれは怖いです。 ツクモ頑張って。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ