偽りの未来(1)
巨人の腕輪に接近した運搬船は作業員を放出する。破損部に群がる整備士は燃料電池ジェネレーターの残存部品を取り外して新しい機材を設置する作業に掛かった。
同時に腕輪の内部を通り、定められたポイントの点検も行っていく。ついでに放置された異物も回収されることになっていた。
「あれか。簡易に固定されてるんだっけ」
円盤状に横に広がりのある球形をした探査ポッドに近づく。
「ああ、着陸脚がスパイクになってるって話だったな」
「中に傷が付いてるんじゃないだろうな」
「それも確認してくれとさ」
胸側にツールパックを抱えたフィットスキンの整備士二人がポッドに取り付く。タイムトラベラーの言ったとおりスパイクが巨人の腕輪内部の殻壁を噛んでいた。
「お、助かった。ほとんど傷ついてない」
スパイクを外した男が言う。
「そうだよな。変に補修して、それが原因でタイムマシンを壊したりしたらとんでもないことになるもんな」
「どれだけ叩かれるか想像しただけで怖ろしい」
「雇われの素人には触らぬ神に祟りなしだ。引っかき傷くらいは目を瞑ろうぜ」
浮遊を始めた探査ポッドを運搬船のほうへ誘導していく。宇宙を飛ぶには頼りなさそうな機材に二人は苦笑いした。デブリの一発で命が終わりそうな代物だ。
「よく、こんなんで宇宙に出るよな?」
現代人には信じられない。
「しゃーない。なにせ千年以上前の骨董品なんだ」
「そりゃ失礼だろ? こいつは新品なんだからな」
「そうだった、そうだった」
軽口に笑い合う。
運搬船の開口部に当たらないようガス噴射をして探査ポッドを押す。力を掛けたところで一人がなにかに触れてしまう。するとハッチが開いてタラップに早変わりしてしまった。
「うわ、やっちまった」
苦い声を出す。
「閉めとけよ」
「ういー。っと、これ、タンタゴンタのエアリーズの袋じゃないか。俺も結構好きなんだよな」
「そんなもんばかり食ってるから太ってきてるんだぞ。控えないと、ガス消費多くなって飛べなくなるからな?」
外作業には体重管理も求められる。
「しかし、エアリーズ、千五百年近く前から売ってたんだな。タンタゴンタってそんな古い会社だったか?」
「そんなん放っとけ。中には無闇に触るなって言われただろ?」
「そうだった。ヤベ」
男は慌ててハッチを閉める。スナック菓子の袋なんかにかまって契約違反を問われては堪ったものじゃない。
二人の整備士は運搬船への固定作業に集中した。
◇ ◇ ◇
(無事に終わったか)
デニスは一安心。
なにせ巨人の腕輪は元々ワームホール形成装置。現行の対消滅炉はフレニオン反応を利用しているため、時空界面干渉が必要で使用できない。わずかな干渉がどんな結果を生むかわからないので燃料電池ジェネレーターが採用されていた。
(実際のところ、ほとんど影響しない計算なんだけどな。航宙船だって対消滅炉を稼働させたまま時空穿孔する。時空界面への影響で時空間復帰位置に誤差でないんだから)
理屈上は問題ない。しかし、実験機材である以上あらゆる問題を排除する形で建造されていた。
(実稼働データを取れるようになったら影響計算もできる。そうしたら空間効率のいい対消滅炉に切り替えていけるはずだ)
巨人の腕輪も少しは小型化できるようになる。製品化するというのはブラッシュアップの連続なのだ。
「国軍の船ってどのくらいの距離にいるの?」
ジャクリンが椅子を回して訊いてくる。
「3fdは離れててくれって言ってある」
「傍にいないほうがいいのに。まだ、なにがあるかわからないわ」
「彼らが護衛するって言ってるんだ。また、ジャスティウイングが現れるかもしれないからって」
ハ・オムニの未来を左右する実験をこれ以上阻止されたくないとの政府決定である。二人にも拒むのは不可能だった。
「来ると思う?」
「もう来ないはずだ。ガライ教授の罪は暴かれた。どうして現れる必要がある?」
「そうなのよね。でも、教授のしたことを暴くのに巨人の腕輪を壊す必要なんてあったの?」
ジャクリンは改めて疑問を呈する。
(それなんだよな。結局はそれが原因で批判の的になってる。なんかおかしい)
デニスも不思議でならない。
(ジャスティウイングがもし手段を問わず破壊行為をくり返してるなら、とうの昔に問題視されていたはず。これまではそうしてなかったって意味だよな)
アームドスキンを使った行動も最低限のものだったと思われる。そこへ、犯罪抑止の結果がともなって正義の味方だと持て囃されていたのだ。
ところが今回は大きく違う。ジャスティウイングの深紫色のアームドスキンは不用意な破壊行為に至った。
(まるで実験の阻止が目的であるかのように)
そう思えてきた。
『本当にタイムマシンを完成させられると思っていらっしゃるのですか?』
脳裏に青年の言葉が蘇ってくる。彼も巨人の腕輪の稼働を思い止まらせようとしてきた。その相似点が気になる。
「ジャッキー、君はタイムマシンが動くようになったら困ったことになると思うかい?」
わだかまりを告白する。
「今さら? そう思ってたら手伝ってない」
「そうだよな。タイムマシンにだって未来はあるはずなんだ。ワームホールと同様に」
「要は使い方次第なんじゃない? ジュネ君と話してたときに話題に登ったみたいに、他の国を滅ぼすのに使うなんて以ての外。でも、もっと有効な利用法もいっぱいあるはずと思わない?」
彼女の目的意識は明白である。
「僕だってそう願ってる」
「でしょ? それに私たちのできることなんて巨人の腕輪を使えるようにすることくらい。別のこと心配してる余裕なんてないわ」
「確かにね。まずはケビンたちを無事に帰すことだ」
まだタイムマシンの理論は判明していない。しかし、元どおりの状態で稼働させられれば、接続するのはケビンとボブが生きていた時代のはずだった。再現性の原理を信じればそうなる。
(巨人の腕輪の構造がそうさせた。実験を成功させてから次を考えるほうが建設的だ)
タイムマシンの理論も。そして、応用法も。人類は危うい選択をしないと信じたい。
(でもな、新しい技術を常に兵器に転用してきたのも人類って生き物だ。ジュネ君はそれを危ぶんでいるのかもしれないな)
「星間管理局なんてもう必要ない!」
「新しい秩序をハ・オムニが実現するのだ!」
「ジャスティウイングを捕らえて罪を償わせろ!」
「それができないなら我が国から出ていけ!」
ニュースパネルからは常に騒がしい訴えが聞こえてくる。星間管理局ビルへの抗議活動は激化する一方だった。
「実験を成功させたらこういうのも一遍に洗い流せるわよね?」
「そうだ。明日には別の話題が彼らの意識を持っていくと思う。そうでないと困る」
「もう、うんざり。早く成功させて次の未来に進まなきゃ」
デニスもジャクリンの意見に賛成だった。
◇ ◇ ◇
戦闘艦レイクロラナンは防御フィールド内にターナ霧を充填してハ・オムニの領宙外側に浮いている。ここに来てからはずっとその状態だった。
「あー、うるさいこと」
オレンジ髪の娘は盛大に鼻を鳴らす。
「いいかげん、黙ってくれないかしら」
「まあまあ」
「ねえ、ジュネ。あの国、潰してもいい?」
「それはやめておこうよ、エル」
物騒なことを言うリリエルを諫める。
「でも、なにもわからずに騒ぎ立てるだけの連中なんて害悪以外のなにものでもないんだもん」
「そう言わずに。明日には片を付けるからさ」
ジュネはパネルの一つに映っているパイプ状の構造物を指さして言った。
次回『偽りの未来(2)』 「まさか、……また来たのか?」




