ジャッジメント(1)
ファレナル総理は胸を撫でおろしていた。市民デモ隊が議事ビルに迫ってきたときは暴動に発展するのではないかと危惧したものだ。そんな事態になれば民政党は二度と政権を担うことはなく彼の汚名は後世まで伝えられるだろう。
(星間管理局が出しゃばってきてくれたお陰で収まりがついた。口うるさい連中だが初めて役に立ってくれたな)
そんな感慨を抱いている。
(どこから湧いてきたかもわからん娘も議事ビルを守ってくれたと感謝していいだろう。あのジャーナリストの女もな)
革新党が自ら失策を演じてくれたので民政党政治は続きそうだ。ファレナルの任命責任は問題視されるだろうが、総理を辞しても、のらりくらりと政界に居座ることはできる。影響力を残して甘い汁を吸いつつ余生を楽しめばいい。
「総理、星間保安機構の捜査官がいらっしゃられています」
秘書が告げてくる。
「うむ、感謝は送っておかねばなるまい。入ってもらいなさい」
「承りました。では」
(適当に誤魔化して今までどおりにするだけ。少々のことは内政で片づけられる)
介入などさせない。
「大変でしたね、ファレナル総理」
確か支局部長の官職を持つ捜査官である。
「おお、よく来てくださった。助かりましたぞ、今回は。愚かな革新党議員が政権を欲しがって売国を画策するとは私も思ってもみませんでしたな」
「そうですね。我々も調査には着手していたのですが十分な証拠がなかった段階でしたので」
「ほう? それがタイミングよく揃ったということですかな?」
話の流れからするとそうなる。
「いえ、まあ、とある方の協力を得ましてどうにか」
「なるほど。国家転覆の危機を救ってくれたこと、私からも感謝していたとお伝え願えますかな?」
「そういたしましょう」
部長の口元に掃かれた笑みは崩れない。なにか見透かされたような気がして憤懣が胸に宿る。
「自重なされるのをお勧めしておきますよ」
言葉でも刺してくる。
「なんですかな?」
「内政のことと高をくくられておいでなのでしょうが、それを飛び越えて来る者もいなくはないとお忘れなきよう」
「まさか。我がトリゴーは加盟国でありますが、自治を失うほどの状態ではありませんでしょう? 政治介入なされるおつもりかな?」
させないぞと防壁を張る。
「ええ、星間法に触れるような行為は認められておりません。あなた方の不正は国家の法で裁かれるべきものでしょう」
「異なことを。不正とは聞き捨てなりませんな」
「革新党があと一歩のとこまで迫ってきた理由はあなたご自身が一番ご存知のことと思います。それを暴き即座に裁くのが可能な存在もいらっしゃるということです」
普段なら過度の干渉を避けるものだが珍しく退くことをしない。その瞳は見下してくるかのごとく冷たい。
(飛び越えてくる? 即座に裁く? そんな馬鹿なこと……)
できないと思いそうになって立ち止まる。
(いや、待て。国家の法にも権限を有し行使してくる者がいなくもない。が、こんなところにいるわけがない。あんなドラマみたいな存在)
思考の霧の向こうに影が浮かぶ。星間銀河の番人にして全てを制する存在の影が。
(まさか来ているというのか?)
腹の奥に氷の柱が生まれたように震えがくる。
(司法巡察官……)
「と、とある方にはくれぐれも感謝をお伝えください。我ら民政党はこれからも加盟市民のために粉骨砕身働く所存であると」
「ええ、そのほうが利口な選択だと思いますよ。今回はなんとかお目こぼしいただけるようですので」
「ええ、ええ、いくら感謝しても足りません」
部長は彼の様子をうかがいつつ踵を返す。まるで、身勝手な行いにはいつでも対処するぞ言わんばかりの視線だった。
「お、おい!」
秘書が入室してくる。
「幹事長を……、いや党幹部役員を全て招集しろ。今すぐにだ。内閣改造を行う。身奇麗な奴をただちにリストアップしろ。早く」
泡を食ったファレナル総理は保身のために頭をフル回転させた。
◇ ◇ ◇
フェイ・クファストリガはライトフライヤーの操縦席から降りる。極度の緊張感による疲労でふらふらだ。操縦も怪しくて、先ほどまでリリエルのアームドスキンに送ってもらっていたほどである。
(でも、心地いい)
ともなう充実感も半端ではない。
(やりきった。もう満足。しばらくはお腹いっぱい)
感情任せの拙いレポートだったと思う。言葉の数々を思い起こせば恥ずかしさでうずくまりたくなるほど。それでも、どうにか伝わったのはデモ隊の面々の反応でわかる。
(いい経験した。これからの糧になる。リリエルにはいっぱい感謝)
気の良い娘の顔を思いだす。
(報いたかったらもっと勉強しないと。なにもかも足りない。今思うと、わたしって怠けてたんだな。目の前の仕事を片づけていたらいつか評価されるって高をくくってたんだわ)
単なる思い込みだった。覚悟と勇気を持って踏みださなければどこへもいけない。悩みながらも思い切った行動ができるリリエルに教えられた。
(いつか笑って話せるようになりたい)
拙い自分を。
(あの人にからかわれつつも、当時は一生懸命だったんだって誇れる自分になりたい。そんな明日を夢見るなら……)
気を引き締めて切磋琢磨せねばならない。しかし、今日ばかりは無理そうだ。もう余力がまったく無い。できれば、すぐにでもベッドで横になりたい気分。
「やらかしてくれたな、フェイ」
「え?」
気づけばダミトフが近くでにらんできている。今まで見たことのないような厳しい表情で。
「どうしたんですか、先輩?」
理由がわからない。
「先輩は革新党推しだったかもしれないけど、実際にはあんな売国行為に及んでいた連中ですよ? 今度は叩く番だったんじゃないんですか?」
「ものを知らないってのは幸せなことだな。これからしっかりと教えこんでやるよ。来い!」
「ちょ! 痛い!」
急に髪を掴まれる。ダミトフは彼女の悲鳴もかまいもせずにそのまま引き摺るように歩きはじめる。激痛に反抗もできない。
「ちっとは目端が利くから使いもんになるかと思って目を掛けてやってたら図に乗りやがって。素人が口出しするんじゃねえよ」
「なんのことです。自分の思いどおりにならないからってこんなこと……」
「勘違いすんな、馬鹿野郎が。オシグ社を潰す気か?」
今までほとんど近寄りもしなかった場所に連れていかれる。その部屋のネームプレートは『編集主幹』になっている。
「連れてきました、シャートン主幹」
「こいつか?」
「若いのが馬鹿やってすんません」
相手はダニエル・シャートン編集主幹である。恰幅のいい壮年の顔はネットペーパーの編集後記の部分に載っているものだ。
「名前は?」
「フェイです。フェイ・クファストリガといいます。これは……」
訊く前に頬を打たれた。
「自分がなにやったかわかってるか?」
「こんな暴力、どうして?」
「ああ? 命に関わらないようにしてくださってるんだから感謝しろよ」
ダミトフに掴みあげられているので避けることもできない。くり返し頬を叩かれ熱くなっていく。
「愚かなことをしてくれたもんだ。今日、なにがあったか忘れるまで殴ってやるからそのつもりでいろ?」
「そん……な!」
「お優しいことだ。言っとくが、お前、死ぬまで飼い殺しだかんな」
何度も叩かれるが逃げることも許されないらしい。これからなにをされるのか、怖ろしくて想像もしたくない。
「やれやれ、こんなとこにもとんでもない愚者がいるんだね」
ロックされたはずのドアがスライドして誰か入ってくる。それはリリエルと一緒にいた幻想的な顔立ちの青年。
フェイはあまりの急展開に理解が追いつかなかった。
次回エピソード最終回『ジャッジメント(2)』 「できるかな?」




