エンカウンター(3)
リリエルはゼレイに腕を取られて宙港を出る。大通りが孕んでいるのは普通の喧騒に見えるが、どこか浮ついたところも感じる。市民は変革の気配を感じているかのような。
「もっと賑やかなところに行きましょう、エル様。お土産選ばないと」
心はブラッドバウ本拠地の機動要塞バンデンブルグに飛んでいるらしい。
「駄目。星間管理局ビルに行ってジュネと合流」
「えー、二人でいいじゃないですかー」
「耳に入れとかなきゃいけないことがあるの」
情報を仕入れたばかりである。
「本当になにかあるんですか?」
「あるの。そうじゃなきゃ、こんな超光速航法二回で帰れるような場所で休憩しない。ジュネが不穏な動きがあるから立ち寄るって言ったの聞いてたでしょ、ゼル?」
「そうですけどー」
少女が期待しているような大騒動ではない。戦争に発展するような問題ではなさそうなのはリリエルも感じている。司法巡察官の仕事はそんな単純なものではないのは理解してほしいものだが。
「地味な政争っぽい感じになりそうよ。あたしたちの出番はないかもね」
「だったら置いてっちゃったり……しませんよね!」
途中で彼女ににらまれ舳先を変える。
「当たり前。こういうのもスマートに解決できるようにならないと総帥の椅子は遠いでしょ。それとも血生臭いことばかりしてるほうがいいわけ?」
「平和が一番ですよ? でも、紛争地を渡り歩いているのがブラッドバウじゃないですか」
「勘違いすんな。あたしたちは政治的バランスを取るように動いてるの。管理局の目を怖れて自治もままならないような宙区にしたくないのよ」
双璧を成すガルドワともそういう方針で一致している。加盟国として友好的な関係は築くつもりでも、必要以上の干渉を防ぐよう立ちまわっている。ゼムナの遺志を多数抱える地としては距離感が重要である。
「国家間紛争も内乱も自前で解消できる素地を作る。そもそも、そこまで発展しないような圧力になるべきなの」
「星間銀河圏の星間軍みたいなもんでしょー? 平気でドンパチしてるじゃないですか」
「管理局の方針が放任だから。それ以上の治安機能を充実させるのが干渉を遠ざける近道になるはず」
歩きながら話していると星間管理局ビルが見えてきた。中心的都市であるならば政庁と管理局ビルは宙港近くにあるもの。離着陸に危険がなければ利便性が上まわる。
「あ、ジュネ」
青年が出てくるところだった。
「やあ、済んだかい?」
「うん、ざっくりと話しただけ。また絡んできそうだけど」
「そろそろ下火になっていてもいいと思ったんだけどさ」
一時はリリエルも下艦するのを避けていた。
「ねえ、居候。エル様はゴート宙区に星間管理局なんて要らないって言ってるけど?」
「こら。過度な干渉は要らないって言っただけでしょ」
「ははは、そうだろうね」
彼にはまったく堪えた様子がない。具体的な話はしたことがなかったが、そういう反応をすると思っていた。
「理想だよ」
ジュネは前置きする。
「国家単位でも宙区単位でもいい。自治と治安が確立しているならそれがベストなのさ。管理局は仲介だけしていればいい。本来はそういう機関なんだ」
「悔しがると思ったのにー」
「このヤンチャ娘は」
脳天を拳でゴリゴリする。
「でも、これだけ広いとなかなか上手くいかないしね。場合によっては国同士が徒党を組んで揉めはじめる。そうなると大規模な戦争に発展して大勢の民間人が苦しむ羽目になりかねない」
「だから国家間の揉め事くらいは大目に見るけどそれ以上になりそうだったらチクリと釘を差しにいくのよ、管理局は」
「そうなんですかー」
ゼレイはピンとこない感じ。経験がなく、歴史でしか知らない世代では致し方ないのかもしれない。
「あたしだって歴史としてしか知らないのよ。でも、三惑星連盟大戦のあとって相当荒廃していたらしい。記憶と名残が人を縛ってた時期が長く続いたの」
リリエルも語って聞かされている世代である。
「その中で生まれてきたのがお祖父様みたいな新世代の協定者たち。大戦後の悪癖を払拭して新しい人類圏を作りだした人たちよ」
「剣王閣下の武勇伝だったらいっぱい聞きました」
「お祖父様がなにをしたかったのかっていったら、もう大きな戦争は起こらないような仕組み作り。それがガルドワ軍だったりブラッドバウだったり、宇宙警察の性格を持つ機関の確立」
人類を停滞させてしまう時期を作らないようにする努力だ。
「それを星間銀河圏では管理局がやってるってこと」
「制御できてなくない?」
「あまりに広範すぎて手が回らないからさ。要点だけ押さえてる感じかな」
ゼレイの指摘ももっともだがジュネが言うのも事実だろう。この銀河の八割方を占める星間銀河人類はあまりに多く、人の数だけ思惑がある。全てを御すなど不可能である。
(ゴート宙区みたいに惑星国家が数十あるだけならどうにかってところ。規模的にはそれくらいが限界でしょうね)
リリエルも承知している。
「で、その揉め事の種なんだけど」
彼の耳に入れておかないといけないこと。
「トリゴーで今までにない政変が起こるみたいよ。長期政権を維持していた与党の民政党から民心が離れてるって」
「そうみたいだね」
「次の選挙で野党革新党が政権を取るって見方が確定的。その所為で街もこんな空気みたい」
若者たちは徐々に近づいている祭りの気配に胸踊らせて浮かれている様子。しかし、壮年の世代は仕事や生活への影響が少なくないのを懸念しながらも現状を憂いているか。老人は変化してしまう日常や常識に抱く不安が垣間見えている。
「期待と願い、不安と危惧、怒りと喜び。今は感情のるつぼだね。ほんとに色とりどりだよ」
ジュネの目にはそんなふうに映っているらしい。
「さすがに戦気まで持っている人は目立たないけどいないわけでもないし」
「え、そんな人いるんですか?」
「どうせなら早く変わってしまえって思ってる短気な人もいるのよ。過激な行動に出なきゃいいけど」
危うげに感じる。
「管理局情報部も把握してる。ハイパーネットも監視してるし、怪しげな人物はチェックしてた。ただし、手出しはできない。これは内政問題だからね」
「そうよね。事が大きくなりすぎないよう見張っておくくらいかしら」
「君たちにもお願いしておきたい」
ちょっと意表を突かれた。彼がそんなことを言うとは思ってもいなかったからである。
「え、あたしが手を出していいの?」
感情的に動きたくとも普通なら止められる。
「それが真っ当な民意ならぼくも干渉しない。でもね、どうも裏側が感じ取れるとなると放置しにくくてさ」
「不穏な感じがするってそういうことだったのね?」
「まあね」
ジュネは韜晦する。それとなく察していたのだろう。
「もしかしたらエルに正義の味方をしてもらわないといけないかもね。だって、星間法に触れるような事態じゃないから」
「でも、抑止したい。だったら裏側には裏側から対抗するってこと?」
「頼めるかな?」
頼られるのは嬉しいので胸を叩く。
司法巡察官として表立って動けないなら誰かが動かねばならない。それをやるのがアシストの任務である。彼女の出番だ。
「で、あたしのコネクションは優位に働く?」
フェイとの繋がりをうかがわせる。
「大いにね。どうもマスメディアも一口噛んでいそうだからさ」
「やれやれね。連中、踊らせてるつもりで踊らされていることが多々あるんだもん。手が掛かるったら」
「影響力が強いから使いやすいんだよ。それをよーく知っている手合いには便利な道具さ」
(それでフェイが接触してきたとき素っ気なくしたんだ。もー、ジュネったら)
ちょっとだけ不満を抱くリリエルだった。
次回『ソフトトーク(1)』 「上手くいったらご褒美もくれてやる」




