正しい力の使い方(2)
不幸中の幸いと言っていいものか、航宙船一隻に一体のヴァラージしか乗っていないらしい。しかし、得体の知れないナクラ型という新顔を相手にしなくてはならなかった。
(不用意なことができない。砲撃戦で抑えられる?)
難しいとリリエルは感じている。
「人型はぼくが抑えておくからナクラ型を撃滅できるか試してみて。たぶん手数の多いほうが効果的だよ」
「うん、やってみるけど」
ジュネにそう言われたのではチャレンジしてみるしかない。現実的な話、掴みどころのないナクラ型に手こずっているところへ人型に乱入されては確実に崩されてしまう。彼の方針は正しいと思う。
「ヴィー、砲撃戦で味見」
「承知しました。全機、要警戒。砲撃戦用意。しっかり狙え」
漏斗のような形状をしたナクラ型は三本の螺旋力場を使って高速で接近してくる。まるでラッパ状の花が萼のほうを向けて突進してくるがごとく。
「迎撃!」
ボディの各所に楕円形の光盾が発生する。それが巧みに動いてビームを弾いている。しかし、数はそれほどでもなく、すぐにスラストスパイラルまで動員せねばならなくなる。
「止められる。続けなさい」
スラストスパイラルを防御に使うということは機動性を殺せる。当初ほどの加速はなくなった。それも意図するところ。
砲撃を集中することでそれも飽和させられる。直撃するビームも確認できた。ダメージとしてはそれほどでもないのか効果が薄い。
「来るわ。回避!」
ヴィエンタの指示で戦列がパッと散る。発射された生体ビームがなにもない空間を穿った。こちらもダメージはない。
(弱い? 機動力だけの攻撃型尖兵?)
そんなイメージ。
撃滅にはいたっていない。直撃したのも尾部の傘が多く。貫通しただけに思える。そこも自己修復しつつある。賊を吸収したか、中身は詰まっている様子。
(致命傷は避けてる。思ったより狡猾?)
考えを改める。
防ぎきれないとなると肝心な部分は守っている。逆に戦列を崩された。散発的な生体ビームで再編ができないでいる。相手の策に嵌っている嫌な感じ。
「高収束モード」
ビークランチャーを狙撃用にする。
「散らすから組み直し」
「お嬢が牽制してくれてる間に立て直しなさい!」
「合点!」
前に出て細いビームで空間を薙ぐ。リフレクタを外れた光条が外殻を舐めているが斬るには足りない。炙るだけで通り過ぎてしまう。
(意外と巧み。押しているようで撹乱されてる。このままじゃこいつのペース)
危機感が脳裏を焼く。
弾幕の中を泳ぎまわられている。牽制が牽制になっておらず突き放すこともできていない。戦列の組み直しは進まず徐々に詰められる。
(星間平和維持軍のほうが上手くやってる。ブラッドバウはこういうのが下手)
打撃力は申し分ない。しかし、整然とした用兵となると一段劣るイメージ。接近戦を封じられると脆さを露呈した。
「弾幕、厚くしなさい。スピードはあっても回避能力はそれほどじゃない」
「当たってるのに!」
隊員が感じているそれは勘違いだ。
「ダメージの少ないとこを狙わされているのよ、ヴィー。先端部に狙いを集中させるの!」
「本体を狙え。押し戻すのよ」
「焦れったい!」
精神的にも崩されてきている。危険信号は強さを増すばかりだ。
「ちっ、オーバーヒート!」
「こっちも」
冷静さを欠いて警報を見落とす。逆に弾幕を薄くして侵入された。やってはならないミスである。
「一直線に進むだけなら割ってやるよ!」
「食らえ!」
「駄目っ!」
ブレードを抜いたパシュランが生体ビームを躱しつつ真正面から削ぎに行く。一見、有効そうな攻撃に見えるが。
(まだ、こいつは手の内をさらしてない。近づくのは早い)
ナクラ型は剣身に向かって一直線に進んできたと思える。しかし、回避しなかっただけだ。光の筋がひるがえってブレードを絡める。簡単に逸らされた。
「逃げ……!」
「がふっ!」
正面衝突して攫われる。慣性力と衝撃で意識を持っていかれる。力場鞭で叩かれて手足をもがれていった。
「やらせるな!」
ビームが集中して回避をさせる。ベクトル軸がずれたパシュランがこぼれて落ちた。僚機が救出に行く。しかし、もう完全に崩されている。
(このままじゃ飲まれる!)
無理をすべきとき。
相手のペースに完全の嵌る前に飛びだす。次の一機が狙われていたがその間隙にゼキュランを滑り込ませた。リリエルの意識に金線が走る。
「斬る!」
双剣をフルに使って生体ビームを二分する。通常のビームと違ってかなり抵抗があるが、干渉の紫電の火花を派手に撒き散らしながら振り抜いた。
「拡散!」
正面から拡散モードのビークランチャーを浴びせる。リフレクタが並んで本体を守った。そこが狙い目である。
「行っけえー!」
リフレクタが開いてレンズから発した生体ビームをかいくぐる。先端部に横薙ぎを与えられるタイミング。しかし、リリエルはゼキュランを下に潜り込ませた。
(先端ごと叩き斬る!)
スピンしながらナクラ型ヴァラージの下腹を見る。直径で12mほどか。ブレードでは一撃で斬りとることはできない。が、ゼキュランには別の武器もある。
「クロウ!」
腕の鋏型をした機構が前方にスライド。素子から力場刃が発生し20mまで伸びた。それなら一撃で決まる。
「……!」
その瞬間、意識に流れた金線は背後からゼキュランを薙いでいる。
「躱……せない!」
反転した彼女は寸前にまで迫っていたフォースウイップをクロウブレードで弾き飛ばした。
(決定期を逃した!)
正確には無理を通そうとした。相手のどこにフォースウイップを出す箇所があるか判明していないうちに突っ込んだ所為である。ゼキュランは尾部の傘に衝突してロールしながら逃れただけで終わる。
「お嬢!」
「損傷してない! 来るな!」
周囲には三体のナクラ型。ヴィエンタを含めて僚機を巻き込めば損害を増やす。単機で切り抜けるしかない。
「嫌です!」
「馬鹿! ゼル!」
デュミエルが横に来る。
「無茶すんな! ここで墜ちてどうすんの!」
「墜ちません!」
「この状況で!」
ナクラ型は周囲をまわっている。ゼキュランの多彩な武装に警戒しているのだろう。どうにか立て直す時間は取れた。
「聞きなさい、ゼル?」
「なんですか?」
「リンクを送るから見るの」
今の戦闘で判明したナクラ型ヴァラージの武器配置である。先端部に生体ビーム発射レンズが三門。その周りに目が四つ。その後ろの突起部が力場鞭発生器で胴体を囲むように四つ。そして周囲であればランダムに発生させられる直径8mのリフレクタ六枚。
「こんなに重武装なのに硬い」
しかも螺旋力場も防御手段になる。
「ただし、旋回能力は低い。回避が下手。それと、あの距離で使わなかったってことは衝撃波咆哮は無い。至近距離で見えない攻撃を食らうことはない」
「そういうことですか」
「付け入る隙がないわけじゃない。でも、薄い」
人型ほどの汎用性はない。器用さも低い。やはり兵隊として投入したものと思われる。しかし、普通の部隊ならばこのナクラ型一体だけで壊滅するだろう。
「まずは抜ける。全力で行きなさい。そうしないと死ぬから」
「もちです。いくらエル様と一緒でも心中は嫌です」
「いい? デュミエルのスペックならこの局面も切り抜けられる」
「はい」
(むしろ、あたしのほうが問題。さっき、躱せると思ったのに躱せなかった。ゼキュランを重いと感じるようになってきてる。パワーだけじゃヴァラージを滅せない)
リリエルは自機に物足りなさを感じるようになってしまった。
次回『正しい力の使い方(3)』 「万能じゃないの、ヴァルザバーンもフユキも」




