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ゼムナ戦記 翼の使命  作者: 八波草三郎
翼二人

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正義を象るもの(2)

 ロドニーはジュネの言ったことが妙に引っ掛かった。咄嗟に否定したいという意識が生まれているのを感じる。


(なんだこれ。俺は自分のしていることに不安を覚えてた?)

 自らの疑念に戸惑う。


「幼稚なことしてるって思ってるのかよ」

 つい突っ掛かってしまう。

「いいえ、大切だと思います。人格形成上必要なことを説いていると思っていますよ?」

「だったら変な言い方しないでくれ」

「ただ、方法論として正しいかどうかはなおざりにしていると言わざるを得ません」


 否定的な意見に鋭い視線を送る。しかし、彼は穏やかな仕草で受け流すのみ。


「別に名乗りを上げるのを拙いと嘲笑っているのではありません」

「いや……、まあ、あれは俺もどうかとは思うがよ」


 今日の撮影ではお決まりの台詞を幾つか使っている。子供番組としてはセオリーなので恥ずかしがっても仕方ないのだが。


『誰が呼んだか正義(ジャスティ)の翼(ウイング)! ここに見参!』


 自然に言えるようになった台詞。クライマックスの導入には必要不可欠だと思っている。印象付けるのに名乗りというのは重要だ。


「ヒーローたるもの、正々堂々としていなくてはなりませんからね」

「挑発しているようなものなのはわかってる。実戦でそんなことをしていれば袋叩きだろ? 戦術もなにもなくなってしまう。プロはそう考えるんだろうしな」

「現実と虚構を一緒にする気なんてないですよ」


 リアルではないと否定しているのではないようだ。ならば別の台詞だろう。今日使ったパターン台詞はもう一つ。


『星間銀河にはびこる悪は、誰が許してもこの俺が許さない!』


 敵を糾弾するもの。これがなくてはヒーローを正義の側に置くことができない。これも必要不可欠な台詞の一つ。


「正義の前になにをしてもかまわないと思いますか?」

 やはりその台詞についてらしい。

「これもセオリーだし」

「では、こう言いましょう。アリスター・ウイングマンは常に悔いることのない行動をしているのでしょうか?」

「悔いる?」

 なにを言いたいのかわからない。

「人は激情や欲望のために誰かを傷つけたり殺めたりします。時には命じられて人を殺める者もいます。それが義務であることも」

「後者は誰かを守るためにやることだろ?」

「そうですね」


 ジュネが言っているのは軍人や警官の行為。前者は認められるものではないが、後者は認められている。罪に問われることはない。


「間違ってるって? 同じことだと?」

 そんな論調だと勘違いした。

「この二つは全く逆のように思えて実は本質は変わりません。当人はその時、行うべきことをしているつもりです。でも、その時だけなんです」

「つもりって?」

「いつか気づくんです、とんでもないことをしてしまったと。後悔に苛まれるのです。眠れなくなるほど苦しむんです。悪夢にうなされて飛び起きたりもします」

 悔いると言ったのはそういうことらしい。

「あー、確かに。簡単に割り切れるもんでもないしな」

「ところが、この二つに属さない人間もいるんですよね」

「もったいぶらないでくれ」


 本質に薄々気づいている。聞きたくないものであっても聞かないわけにはいけない。彼の役もそうなのだから。


「理念で人を傷つけたり殺めたりする者です」

 下唇を噛む。

「正義を謳ってそれをやる。誰が許しても彼は許さないと言いますが、彼は許されるべきなのですか?」

「く……」

「その行為は間違っていないのですか? 多数派が正義と感じるならば許されて当然なのですか? そうではありませんよね。やっていることは同じなんだから」

 咄嗟に反論の言葉が出てこない。

「理念で誰かを殺めるのは最低です。手の施しようもありません。なぜなら彼らは後悔しない。省みることもない」

「なんだってんだよ、お前! 自分が正しいって言いたいのか?」

「なにがです?」


 ジャスティウイングを否定することで自己正当化しようとしているのだと感じた。傭兵として武力をもって人を殺めるのはマシなほうなのだと。


「後悔してるから上等だって? 命じられてやってるんだから責任がないとでも言う気か?」

 肩を掴んで食ってかかる。

「そんなことないですよ。ぼくも同類です。正しいことをしているつもりでやっています。悔いることない、省みることもない、人間としては最低の部類でしょう」

「なに?」

「あなたは演じているのだからマシなほう。実践しているアリスター・ウイングマンやぼくのほうがいただけない」

 ついには自己否定をしてきた。

「訳がわからないぜ。仕事を選んでるのか?」

「もちろん。そうでないと自分を許せなくなってしまう」

「リリエルに命じられてるんじゃないのか」


 もしかしたら、そういうスタンスで一線を引く彼はブラッドバウ内部では浮いているのかもしれない。だから、ゼレイという少女はジュネを居候と呼んでいるのかもと思った。


「なに言ってるのかわかってるか? お前、自分が人間やめてるって言ってるようなもんだぞ?」

 彼の論調ではそうなってしまう。

「どうやって折り合いつけてるんだよ」

「あなたの言うとおりですよ。人間をやめないとやっていられません」

「マジか……」

 絶句するようなこと言う。

「そう、人の領域でそれをやると最低になってしまいます。だから……」

「だから?」

「視点を神の領域にまで上げなくてはいけないんですよ」


 今度こそ一言も出ない。とんでもないことを恐ろしげもなく言う。信じられないものを見る目で青年を見つめた。


「人の身で裁けないのならば神の領域へと踏み込むしかありません。そこになら本当の正義があるのでありませんか?」

 問われても困る。

「そうなのかもしれないけどよ」

「術があるのなら教えてほしいものです。今のぼくには他に方法を思いつけない。ジャスティウイングであるあなたならなにか知っているんではないですか?」

「そんなこと、考えたこともないって」

 とても取り繕っていられない。

「でも、子供たちはおそらくあなたにジャスティウイングを重ねます。なにか答えを持ってないといけないように思えますよ?」

「そう……なのかな?」

「だって、あなたが説いた正義を信じ行ってしまうかもしれません。『実在する人物、団体とは一切関係ありません』では済まないのです。それが一時の激情だったと気づいたとき、彼らを苦しめることになりませんか?」


(社会的影響ってのは考えたこともある。そんとき俺はどうした? 芝居なんだからって脇に置いたんじゃないのか。それでいいのか?)

 ジュネはそう問い掛けているのだ。


 当然、予想して然るべきこと。コンプライアンスがあるからジャスティウイングが人を殺める直截的な描写はない。しかし、アームドスキンアクションとなるとその限りではない。

 ジャスティス・ツーが攻撃した機体が爆発四散するシーンというのは描かれる。そのほうが派手で見栄えがするからだ。そこに人が乗っているというのを置き去りにしたままで。


「俺は悪影響を与えてるのかな?」

 だとしたら虚しいこと。

「一概には言えません。でも、あなたの中に答えの一つふたつは準備しておくべきなんじゃないかと思います。そうしないと苦しくなるんじゃありませんか? ぼくを問い詰めたように、あなたが問い詰められたときに」

「そうだよな。悪かった。自分を棚上げして勝手なことだったな」

「いいえ。ぼくが自身に説い続けなくてはならないことでもあるんです。誰かに言ってもらうと余計に意識できるんですよ」

 慮ってくれている。

「難しいよな」

「ええ、きちんとした答えを見つけられたときこそ神の領域に一歩進んだときかもしれないと思ってます」


(正義って言うのは簡単だが、これほど重いものはないのか)


 ロドニーは夜の海に視線をさまよわせた。

次回『正義を象るもの(3)』 「どうした、大将。動きにキレがないぞ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 正義・理想と言う名の底無し沼。
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