天敵(2)
「1062機ってなに!?」
リリエルの声が跳ねる。
訊くまでもない。なにせ撃破総数の欄にその数字が収まっているのだ。実機シミュレーションの結果に相違ない。
「ずっとやってたらね」
ジュネは事もなげに言う。
「あのね、標準規格戦闘艦にして三十五隻以上の搭載数なのよ。一人で何個艦隊を消滅させる気なの?」
「最初はヴァラージ設定でやってたんだよ」
「あたしも最近は多いけど」
V案件が多い彼らならば必須でもある。
「二十体ちょっとまで進めたところで無為に感じてきてね」
「どして?」
「だってさ、形態も違えば性質も変わってくるから。ストックされてるケースだけで変に身体を慣れさせるのは良くないんじゃないかって思えてきて」
そういうものだという感覚になってくるのは危険だと感じたそうだ。身体に馴染ませてしまうと、著しく異なる場合に対処が難しくなる。その点で対アームドスキンとは違うと彼は主張した。
「だったらスタミナ付けるシミュレーションにしたほうがいいって思ったんだよ。それで……、タイムは?」
「三時間十九分」
リリエルは読み上げる。
「ずっとやってたわけね?」
「もちろん現実的じゃないよ。弾液パック無制限設定にしてたしさ」
「そうだけど……」
「居候、頭おかしい」
言い淀んだらゼレイが引き取っていく。同じことを考えていただけ咎めにくい。
「どんな状況になったって戦い続けていられるくらいにしとかないと駄目なんだ」
青年は断言する。
「ぼくの天敵はそういう相手。スタミナがあればあるほど精神の集中も途切れない。それだけ惑星規模破壊兵器システムの稼働時間も上げられる。訓練として最適解だと思う」
「限度があるから。次の日に引きずらない程度にしないと。それこそ明日、なにが起こるかわかんないでしょ?」
「確かにね。加減する」
ジュネは後頭部を掻く。
「居候ったら怒られてんの」
「こら、ゼル! ともあれ栄養補給。いくら頑張ったって肉にならない」
「わかった」
リリエルは彼のフィットスキンのスライダーを滑らせて中を嗅ぐ。それほど汗の匂いはしなかった。
「これくらいなら気持ち悪くないでしょ。行きましょ」
腕を取る。
「いーなー。うちもエル様のアンダースーツ、くんくんしたいです」
「いらっしゃい。その鼻をもいであげる」
「いやー、まだ使うんですー!」
三人でファナトラの機体格納庫から乗員フロアへと移動した。そこには小さめのカフェテリアがある。
「ピキスト風味のクリームパフェ!」
ゼレイは威勢よくメニューをタップする。
「いきなり元気じゃない」
「エル様、これ、最高なんですから。もちろん本物のピキストフルーツを使ってるわけじゃないですけど、風味の再現度が半端じゃないんです。ちょっと棘のある酸味とコクのあるクリームのハーモニーはもう……」
「あんた、これが目的でファナトラをうろちょろしてたのね?」
妹分は「う!」と言葉に詰まる。
「邪魔したりしませんよー。ちゃんと居候がシミュレーション終わるの待ってたでしょー?」
「そうだけど。なんでジュネのパーソナルスペースみたいなとこにいるのかと思ったら」
「最近居ついてるよね」
ジュネもくすくすと笑っている。
レイクロラナンと直結通路で接続されているものの、隔壁には一定の人物しか開けられないようロックが掛かっている。ゼレイは限られた人間の中の一人だった。
彼女がブラッドバウ戦力の中核メンバーなのは事実なので青年も許可している。それはあくまで戦術的な話をするためで、カフェテリアのスイーツを平らげるためではない。
「このお馬鹿。あたしに付き合って入るうちにこのカフェに味をしめたのね?」
「いえ、とんでもないですここはセンター通路に直接繋がっているので出撃にも便利ですし居候にも色々教われるので将来を見越してうちは……」
ひどく平板な口調で答えてくる。
「言い訳しない。もう!」
「人生の楽しみを奪わないでください」
「涙ながらに訴えるな! ねえ、ジュネ、ここの調理法はレイクロラナンに転送できないの?」
予防手段を検討する。
「ゼルにもお願いされたんだけどさ、なんだか特殊な合成機器で甘味料を作ってるらしくて、レイクロラナンの設備じゃ無理なんだって」
「だから、その合成機器の設計図を寄越しなさい、居候!」
「なんで偉そうなのよ!」
リリエルも知らない事実が判明する。キツく当たりながらもジュネと妙に仲の良い妹分が面白くなかった。
『何度も言っていますが、この技術はまだ人類には渡しません』
紫眼のゼムナの遺志まで出てきて説明を始める。
『再現度が高すぎて、各国の経済交流を阻害する恐れがあります。現人類の発展を損なう危険性のある機器の技術移管はいたしません』
「こんな感じでさ」
「ファトラがそう言うならそうなのよね。うー」
彼女には逆らえない。
「そういうわけで、ファナトラにうちの部屋を作りなさい、居候。それで勘弁してあげます」
「アホなこと抜かすんじゃない! あたしさえ持ってないものをあんたに作るわけないじゃない!」
「こっちにも部屋が欲しいのかい、エル?」
完全に意表を突かれる。途中で唇が完全に止まってしまった。
「く、くれるんならもらってもいいけど」
必死で筋肉の自由を取り戻す。
「別にいいよね? 君はレイクロラナンのボスなんだから、誰でも話せるところにいないといけない」
「そうじゃなくて……、欲しいかなー、なーんて」
「汲み取りなさい、居候。部屋はいらないからベッドを大きくしなさいとおっしゃってるんです!」
とんでもないことを言いだした。
「ゼル!」
「うちとしては嫌なんですけど、エル様が幸せならば涙を飲みます。その代わり、エル様のベッドにお邪魔させてくださいね?」
「入れるか、脳みそ桃色娘がー!」
パフェグラスを取り上げると大粒の涙をぼろぼろとこぼしながら縋ってくる。いじめているような気分になってグラスを押し戻した。
「これはベッドに来てもいいってサインですね?」
「違う!」
極めて長いため息が出てしまう。
「仕方ないから君たちの共有できる部屋を作っておくよ。どっちが使ってもいいからさ」
「気が利きますね、居候。二人で使えってことなら仲を認めたも同然」
「あたしの貞操の危機!?」
唖然とする。
『ジュネ様の邪魔をするなということです。主の使命はあなた方の想像以上のものなのですから』
「いきなり辛辣ね、ファトラ!」
『この時間など、ジュネ様のメンタルケアの2%くらいしか担っていません』
思わぬところにリリエルの天敵がいた。彼女の存在さえ邪魔だと考えていたようだ。伏兵の出現に気を引き締める。
「そんなこと言ったところでファトラは戦闘って意味ではジュネの助けにはならないじゃない?」
リードしている点はある。
『それ以上に機材設備でサポートしています。知識もあなたの比ではありません』
「む……!」
『戦闘はパイロット一人だけの仕事ではありません。それはリリエルこそ深く理解しているものと存じますが』
ぐうの音も出ないとはこのこと。
「助けて、ジュネ」
『そうやってジュネ様を頼りにするから足枷になっているというのです。もっと精進すべきだとは思いませんか?』
「やめときなよ、ファトラ。君にできることだって限界はあるし、エルにしかできなこともある。仲良くね」
ジュネの執り成しでどうにかリリエルは持ち直した。
次回『天敵(3)』 「その愚行をするのも人なんだよね」




