新たな翼(2)
『避けなさい、リリエル! ジュネが来るわ!』
「ジュネ? なんで?」
『早く!』
咄嗟にデュミエルを突き飛ばす。反動を利用して彼女も飛び離れた。その間隙を高出力のビームが貫く。力場鞭を舞わせて打ち掛かろうとしていたヴァラージの左肩から先が吹き飛ぶ。
「えええっ!」
艦砲並みの出力なのに正確無比な狙撃。
「エル様、ひどいですぅ」
「黙んなさい。なに今の」
紫の突風が駆け抜ける。アームドスキンに頭を掴まれた人型はそのまま連れ去られた。急激な加速に悲鳴をもらしている。
「あのアームドスキン……、ジュネ? どうして?」
『あれは強力なもの。慣れないうちは近づかないようになさい』
彼が乗っていると言われた機体が突き放したヴァラージを殴りつける。それだけで首が跳ねて在らぬ方向へひねられた。返す肘が側頭部を打つ。千切れ飛んだ頭がくるくると回転している。
左手のビームランチャーが向けられ先ほどのビームが放たれた。閃光の中に蒸発する。動きが止まった身体のほうも焼かれて消えていく。
『よりによって「リュー・ウイング」? あれが来るってことはまさか?』
これほど動揺を示すエルシなど初めてかもしれない。
「リュー・ウイングって?」
『ジュネの機体よ。あなたなの、ファトラ?』
『久しいですね、エルシ。あなたも深入りしているのですか。冷静な方なのにずいぶんと身を入れていること』
新たな声がσ・ルーンから聞こえる。
「誰?」
『ジュネはとんでもないのを引き当てたわね。これが時代の子の力?』
『そんな言われようをするとは。確かに眠っておりましたけど、この状況、目に余るものがありましてよ?』
エルシのアバターが目を泳がせている。非常に新鮮な反応だ。
(なにか起こってる。とても重大ななにかが)
リリエルは勘に従って不用意に動くべきではないと判断した。
「エル、おいで」
待ち焦がれていた声が耳に忍び込んでくる。
「ジュネ」
「残りを始末するよ。今のうちにフランカーをチャージして」
「うん!」
貴重な隙間にすべきことをする。
「目障りだね」
「え?」
「あれさ」
ジュネがさり気なくビームランチャーを振る。放たれたビームは遥か先のナクラ型を捉えた。前半分が消失するほどの威力。
「お嬢?」
傍で目にしたヴィエンタも戸惑っている。
「消し炭にしたら他の援護にまわりなさい」
「承知しました。人型は任せても?」
「気にしないでいいから」
一撃で戦況が変わる凄まじさだった。
ジュネのカラーの深紫に塗色された機体は決して大型筐体ではない。人型部分が全高20mと標準サイズ。ただし、背中に装着しているバックパックのサイズがおかしい。
身長とさほど変わらない全長のパックから重力波フィンが伸びて超える長さに。まるで背中に小型艇を付けているかのようだった。
「えーっと、平気?」
トリオントライより数倍は重そうな印象がする。
「それなりに慣らしてきた。武装のほうはまだ使い慣れないけどさ」
「わかった。フォローする」
「今ごろ、のこのこやってきて! 居候の分際で!」
「あとでね。無粋なのが来たから」
両手のビームランチャーから大刀クラスの力場刃が伸びる。片刃剣の形をした剣身はラキエルのものに遜色ないほど長い。
「うひゃ!」
ゼレイが慌てて避ける。
「前に出ない。それよりアンチV弾倉の換装しときなさいよ」
「はいぃ」
ジュネが振りおろした大剣を人型ヴァラージは頭上で受け止めようとする。しかし、フォースウイップは絡め取りきれずに斬撃を許した。結果、頭頂から一文字に断ち割られている。
「出番ない」
妹分の情けない声。
「後始末。あたしがもう一体を止めているうちにね」
「八つ当たりしときます」
「欠片も残さないのよ」
フランカーで足留めしている最後の一体を目指す。ジュネが背中を指さすのでバックパックの突起を掴んだ。途端に加速で息が詰まる。
「ぶほっ!」
「気をつけなよ」
「駄目。乗せて」
両手を掛けて膝立ちになった。ラキエルが乗るのに十分なサイズがある。ペダルを踏まずともフランカー全装備時より激しい加速に襲われた。
「出力、変じゃない?」
「変だよ。これはまともなアームドスキンじゃないね」
後ろに乗ったままフランカーを操作する。四基で翻弄したところへ彼らの急襲である。かまえる暇もなかった人型が無防備な横腹をさらしている。
「いっけぇ! って、マズっ!」
「気づかせるからさ」
開いた口がこっちを向いた。衝撃波咆哮が放たれる合図。ところが、衝撃波はいつまで経っても襲ってこない。一瞬にしてスライドして躱している。
「今度こそ!」
バックパックを足場にして飛びだす。交差は刹那。リリエルの一閃は首を完全に捉えている。
切先を下に流して振り向く。確実に仕留めに行くつもりだったが、ヴァラージはジュネが突きだした大刀の先で貫かれていた。そのまま発射されたビームが胸に大穴を開ける。
(あれだけ手こずってたのに、ほんの数分で終わっちゃった)
ナクラ型に対処していた隊員たちも戦力バランスが崩れたお陰でほぼ撃滅状態。後始末に入っている。もう心配なさそうだった。
「どうやって援護に来てくれたの?」
新しい機体も超光速航法可能なのだろうか。
「『ファナトラ』さ。あの小型艇」
「そういえばタッターが時空間復帰がどうこうって」
「知ってたんじゃないか」
指摘される。
「それどころじゃなかったんだもん」
「まあ、残りがここに溜まってたみたいだから仕方ないさ。間に合ってよかったよ」
「うん、ありがと」
フランカーを引き戻すと機動力は上がるがそれでもジュネの新型には追いつけない。手を伸ばすと彼も受け入れてくれる。指を絡めて引っ張ってもらった。
「なんか雑じゃなかった? いきなり殴りつけるとか、あなたらしくないもん」
少し気になったので尋ねる。
「そんな気分になったのさ。どうやら、この機体はぼくの本性を引きだしてしまうみたいだ」
「本性? ジュネがそんな乱暴なわけないし」
「はたしてそうかな。君が本当のぼくを知らないだけかもしれないよ?」
これまで人生の三分の一以上をともにしている。それでも、たまに底知れなさを感じることがあるのも事実。いつになれば一つになれるのだろうか。彼女的には早ければ早いほどいいのだが、なかなか状況が許してくれない。
(あたしの隙が足りないのかしら? でも、必要なときにしか押してきてくれないだもん)
彼女が意見を曲げないときにしか迫ってこない。結局、甘いキスにほだされる結果になってしまう。悪い男に捕まった気分になる。
「ズルい」
気持ちが声になってもれた。
「認めるよ。そんなぼくだから真っ正直な君が眩しくて仕方ないのさ」
「そういう言い方がズルいの!」
「いつまでも騙されていてくれると助かるね」
くすくすと笑うジュネに腹立たしさは感じない。それ以上に甘い言葉が彼女の芯を蕩けさせている。どこまでが本心でどこからが手管なのか読めない。
(浮気の一つもしてくれれば上手に出れるのに)
ものの例えだ。実際には真っ平御免である。
「こらー、イチャイチャすんなー!」
ゼレイが追いついてきた。
「もー、邪魔なんだから」
「褒めてあげなよ。律儀に仕事してくれてたんだからさ」
掴みかかるデュミエルをジュネが受け止めている。がっぷり四つで組むと押し合いになった。むしろ、その絡めた指のほうが腹立たしい。
「ゼル、近い!」
「なんでー!」
ラキエルで蹴られた妹分は当然文句を言う。
(あたしって嫉妬深いのよね。そういうとこ、体よく利用されてる)
また、くすくすと笑っているジュネにリリエルは鼻を鳴らした。
次回『ゼムナの秘密(1)』 『マチュア、あなたはなにをしているのです?』




