ダンス sideデボラ父
上の娘が誰かと踊る姿はもう二度と見られないものだと思っていた。
デボラは婚約者であった王太子を立てて、他の者とは踊ることはなかったのだ。
下の娘が夜会でダンスを踊れるようになると、初めの一曲以外は壁際に佇んで見ていた。
ずっと。
ずっと。
気が遠くなるほど見ているしかなかった。
上の娘はエスコートしてきたのは婚約者ではあったが、それは王太子だったから。
顔を強張らせ、血の気が失せた顔を途中から化粧で誤魔化して待ち続ける上の娘。
王太子の婚約者だからと、弱音一つ吐かずに立ち続けた。
影でその姿を笑う者もいた。
嫌がらせも受けていただろうに、それを隠そうとしていた。
守るべき者を守ることすら気付かない愚かな権力者の為に。その愚かな者を、幻想を信じて愛していたのだろう。
デボラが踊った相手は一人はキリル・アレル・ストラットン辺境伯。衆道の噂もある、王家にも匹敵する権力者。王太子が彼の機嫌を損ねれば、この国の守りの要がなくなる。もう一人は王太子の従兄弟でリザルフォント公爵令息リオネル。王位継承権を持つ人物。
これが政治的に何を意味するかなど、どうでもいい。
上の娘が誰かと踊れるようになる。
それが重要だった。
相手のことは構わない。
義理立てする相手もないことに上の娘が気付いてくれただけでいいのだ。
しかし、そうは思わない者もいる。
筆頭は――デボラにかかる黒い雲の色の目をした諸悪の根源。
何事もなければいいが、と願うが、その願いは数刻もしないうちに無残に打ち砕かれた。
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”近日中にマールボロ侯爵長女デボラを貴族籍から除籍する。王都から追放し、王都の外に居を構えて王太子の訪れを待つように”
アレは、上の娘をどこまで貶めれば気が済むのか?
アレが王都内に複数の愛人を囲っていることはわかっている。
身分が低いから側妃にはできず、かと言って、アレが気にかけている存在には知らせたくはないと愛妾にもしない。
屋敷の者も総出で、上の娘の耳には入らないようにしていた。
下の娘の耳にも入っていないだろう。
姉妹で欲しいのなら、どうしてあのままの形で手に入れなかったのかわからない。
どうして、躾がうまくいかないからと下の娘の縁談をまとめてしまわなかったのだろうと自分の判断を悔やんでならない。
そうすれば、姉妹の立場の取り換えなどは起きなかった。
婚約者と引き離してまで高位貴族の娘と強引に婚約することまでは国王夫妻も許さないだろうから。
高位貴族の令嬢でも王族なら婚約者と引き離して我が物できるという、悪しき前例ができてしまうのを彼らも望んでいない。それは国王と王太子の治世と輝かしい業績に汚点を残すもの。
あくまで婚約者がいないから、王太子の婚約者にすることができるのだ。
そうでなければ、姉妹の立場を変えることも許さなかっただろう。
仰せの通り、王都の外に家を用意しよう。
二軒の家を。
一軒は王太子の指示通りに、アレが訪れるのを待つ空っぽの愛人の家を。
もう一軒は上の娘を隠す為に。
そして民衆が女好きだと言っていた根拠がコレ。
クズ王子のクズは今日も安定しています。




