投げ銭ってなんだろう?
投げ銭をインターネットで検索した結果、『いわゆる大道芸人やストリートミュージシャンに対し、その芸や音楽を楽しんだ謝礼として、あるいは芸能に対する賞賛などの意味を込めて金銭を渡すこと。』(引用2)という言葉が出てきました。
つまり、元々無償で芸を披露して、楽しめたらお金を払うような文化があって、そのことを「投げ銭」と呼んでいた。その言葉を、web上でコンテンツを作っている人に、お金を渡すという形で応援するという行動に当てはめた訳ですね。
読者に対しては、お金を払うことで作家を応援することが出来ますよと。
作者に対しては、読者からの応援をお金の形で受けとることが出来ますよと。
一見、もっともらしく聞こえます。ですが、少し待ってください。この一見何気ない言葉は、本当にそのまま受け取っても良いのでしょうか。
――私は、この言葉は歪だと感じています。
作家買いという言葉があります。この作家が好きだから買うという奴です。確かに、私にも好きな作家がいますし、好きな作家の作品を優先的に手にします。ですが、何故その作家が好きかと聞かれれば、答えは一つしかありません。「その作家が、面白い作品を生み出してくれるから」、これが全てです。
なろうだと、作家同士で交流のある方もいて、その交流を楽しんでもいます。会話が面白かったり、良いキャラをしている人もいたりして、創作とはまた違った楽しさがあります。ですが、「その作家の人柄が好き」だからと言って、「その作家が好き」とは言えません。作家が好きというのは、あくまで「その作家の創り出す作品が好き」なのです。
どんな言葉で説明しようとも、読者が作家に対しお金を払う理由は一つだと思います。「その作品にお金を払うだけの価値を認めた」それ以外にはありえません。
これは、例え自分の好きな作家でも同じです。その作品に価値を認めるのなら払います。好きな作家でも、作品に価値を認められなければ払わないのです。
そして、その判断は極めて主観的なものになるでしょう。「これは伸びる」と思っても、自分にとって面白くなければ、お金を払うことはありません。
判断基準はあくまで、その作品の、自分の価値観においての良否なのです。自分の好き嫌いと言っても良いでしょうか。自分のお金を払う以上、これは当たり前のことだと思います。
支払う動機は常に「作品」です。なのに、「作者への応援」という言葉を使って投げ銭を説明してしまう。まるで「作品」は重要ではないかのように。何故でしょうか?
多分これは、今までの、作家以外の創作者が、「完成した創作物を発表してきた」からだと思います。そこには常に、お金を払うに値する何かがあって、それが当たり前だったから、そのことを省いた説明をしてしまうのです。
ですが、実際には、応援のために投げ銭はしないでしょう。
芸を楽しんだ人が、大道芸人に投げ銭をするのです。
音楽に聞き惚れた人が、ストリートミュージシャンに投げ銭をするのです。
それはきっと、web上でも変わりません。コンテンツに惹かれた人が、投げ銭をするのです。
だからきっと、投げ銭というのは、以下のように説明すべきなのではないでしょうか?
作家に対して、感謝や称賛の意味を込めて、あなたの思う正当な対価を支払うことができますよ、と。
このエッセイを読んでいる読み宣の方は、投げ銭というものをどう受け取っているでしょうか。「実体のないポイントなんかよりも、お金の方が作者も嬉しいだろう」とか「作者も色々資料を買ったりするのだから、その費用もいるのだろう」とか思っていた方もいるのではないでしょうか。
はっきりと言わせてもらいます。そんなことを考えて、お金を出す必要はありません。そんな理由でお金を出さないで頂きたいのです。
そして、まともな作者であれば、「応援」のためのお金よりも「正当な対価」を望んでいるということを知って頂きたいのです。
どこの世界に、芸を続けるために「応援の」お金を求める大道芸人がいるのでしょう。応援のお金を求めるストリートミュージシャンが、創作者がいるのでしょう。
過去の創作者は、自身の作品の価値の対価として、お金を得てきたのです。そのお金を「応援」なんて言葉で説明するのは、一種の侮辱です。
未熟な、作品に価値を込められない段階では、対価は得られません。それは当たり前のことです。
確かに生活のためにお金がいりますし、創作にかかる出費だってあるでしょう。ですが、その出費は、自身で賄うべきです。
正当な対価を求める心が、健全な創作者を育てるのだと、そう思います。
―― 引用2 ――
投げ銭とは (ナゲセンとは) [単語記事] - ニコニコ大百科
http://dic.nicovideo.jp/a/%E6%8A%95%E3%81%92%E9%8A%AD




