20話 小学生編7
―――沙織視点―――
お母さんの日記。
書いているところをみたことはあるけど、読むのは初めてだった。
他人の日記を勝手に読むことはあまりいいことじゃないことは私もわかる。
でも、知りたい。
中に何が書いてあるのか知りたい。
お母さんがいなくなってしまった今。
これは数少ないお母さんの思いがわかるものだ。
ごめんなさい、と心の中でお母さんに謝りながら、私はページを開いた。
『
――〇月〇日
今日は入学式の日。
沙織が小学校に入学した。
沙織ったらもう可愛いすぎる!
ランドセルを背負った姿とか本当に可愛い! 天使!
思わず語彙力なくなっちゃうくらい可愛い!
さすが私の娘!
お父さんと一緒に何枚も写真を撮っちゃったよ!
――〇月〇日
今日は沙織の授業参観があった。
やはり沙織はとても可愛い。
もうね、授業中に手を挙げている姿とか、友達と笑って話している姿とか、あれはやばいわ。
クラスの他の子と比べても頭一つ抜けている。
お父さんが「沙織は将来美人になるな」と言っていたけど、それは少し違うでしょ。
いやもうすでに美人なんですけど?
まったくあの人はそこらへんがわかっていないというか、でも将来の沙織は今よりもずっと美人になるだろうしそれが楽しみというかああやっぱり可愛いよ沙織。大好き!
――〇月〇日
今日は沙織を連れて、家族みんなで水族館に行った。
仲の良いお友達が転校してしまったらしく、元気がなかったあの子を励ましたいと思ったから。
なんで水族館かというと、まあたまたまそこのチケットが手に入ったからなんだけど。
いやお金が惜しいとかじゃなくて沙織のためならいくらでも使えるんだけど!
でもそれはそれとして、ちょうどチケットが手に入ったことだし。沙織の気分転換として水族館に行くことにした。
水族館に行くと、沙織は珍しい魚やペンギンショーに目を輝かせて楽しんでいた。
お父さんと一緒にそれを見ながら、やっぱり可愛いと二人して語ったものだ。
水族館に来てよかった。
チケットをくれたお父さんの友人に感謝しなきゃいけない。
あとお土産に買ったペンギンのぬいぐるみを抱いた沙織が可愛すぎてやばかった。ほんとに。大好きだー!
――〇月〇日
今日は親戚の佐伯さんのお葬式があった。
夫婦で事故にあったらしく、大学生の息子さんを残して亡くなってしまったらしい。
佐伯さんとはあまり話をしたことがない。
だけど、彼らのお葬式のことは印象深く私の記憶に残っている。
それはたぶん、佐伯さんたちよりも、彼の息子さんのことが印象に残ったのだろう。
両親が事故にあい、子供が一人残される。
それはとても大変なことで、そして決して他人事ではない。
亡くなってしまうことが辛いが、残された方も大変だろう。
うちも、子供は一人だ。
もし私たちがいなくなってしまったら、残された沙織がどうなるだろうか。
沙織がいなくなってしまうよりはずっとマシだけど、あの子に大変な思いをさせたくはない。
別に私たちは病気で余命数年と診断されているわけではないから、そういった不安を抱くのは心配しすぎのような気もするが――。
でも、事故はいつ起こるかはわからない。
今回の佐伯さんだって、急に起こったことで、私たちもいつそうなるのかはわからない。
その時のためにできることと言えば、今の内に沙織に少しでも愛情を与えてあげることだろう。
というわけで少しセンチメンタルになったから、今から沙織を可愛がって癒されてこよう。
愛しているぞー! 我が娘ー!
』
日記には、たくさんのことが書かれていた。
私が幼稚園に入ったところから始まって、つい最近まで書かれていた。
毎日書かれていたわけじゃないが、日記には数日か一週間おきに日々のことが書かれていた。
そしてそのほとんどが、私に関することでいっぱいだった。
そして私に関することのほとんどが、『可愛い』とか『大好き』という言葉で埋め尽くされていた。
「……!」
そしてその日記を読んだとき、思わず涙がこぼれていた。
母が私を愛してくれていたことが、よくわかって。
お母さんが私を、大切に思ってくれていたことがわかって。
それがとても嬉しくて。
でもそんなお母さんやお父さんが死んでしまったことが悲しかった。
ほんの少し前まで、この家にいたのに。
一緒に住んでいたのに。
もう今はいなくなってしまった。
そう、いなくなってしまったのだ。
「お母さん……。お父さん……」
日記を胸に抱いてそう呟き、私は涙を流していた。
「私も、大好き……!」
どれくらいの間、そうしていただろうか。
気づいたら涙は止まっていて、私の心も落ち着いていた。
ふと見ると、お兄さんが横に立っていた。
たぶん、ずっと一緒にいてくれたのだろう。
それでも何も言わずにそっとしておいてくれたのだ。
「ありがとうございます」
私はすぐにお礼を言った。
「日記を持ってきてくれて。今日ここに連れてきてくれて。ありがとうございます」
「どういたしまして」
「あの……」
にっこりと笑って返してくれた彼に、私は尋ねる。
「なんでそんなに優しくしてくれるんですか?」
「私を引き取ってくれましたし」
「水族館にも、連れてきてくれましたし」
「この日記だって、もってきてくれました」
「どうしてですか?」
お兄さんの方を向いて、そう尋ねる。
「私にかえせるものは、なにもないのに」
問われたお兄さんは、うーんと上を向いて少し考えた後。
「沙織ちゃんに、笑っていて欲しいから」
と言った。
「俺もさ、ちょっと前に両親がいなくなっちゃってね」
「両親を……」
「それで落ち込んでいた時があったからね。沙織ちゃんのことも放っておけなかったんだよ」
お兄さんの両親がもういないことは、すでに知っている。
あまり覚えてはいないけど、確か何年か前に親戚の人のお葬式に行ったことがあった。
それが彼の両親の葬式だと知ったのは、最近のことだったけど。
「そう、だったんですね」
私はお兄さんにぎゅっと抱き着いた。
ちょうど頭がお腹の上の方に来るかたちだ。
なぜかはわからないけど、抱き着きたくなったのだ。
「あの、お兄さん」
ぎゅーっと抱き着いたまま、私は語りかける。
「なあに?」
「お兄さんのこと、別の呼び方をしてもいいですか?」
「別の?」
「はい。修一さんって呼んでもいいですか?」
「名前で? まあ別にいいけど――」
「ほんと?」
私はそのまま、お兄さん――いや、修一さんの名前を呼ぶ。
「修一さん」
「なんだい?」
「なんでもない、です」
そして私は少しの間、そのまま抱き着いていた。
その時、もうすでに私の中では、修一さんへの恋心が生まれていた。
次回は3/20(日)です。
次回が過去編の最後です。




