18話 小学生編5
そして翌日。
日曜日。
「水族館に行こうか」
俺は沙織ちゃんにそう告げた。
善は急げ。
思い立ったが吉日。
そういうことわざがあるように、俺はすぐに彼女を連れていき、数十分後には俺と沙織ちゃんは二人で水族館に来ていた。
「え。ここって」
見覚えのあるその建物に気が付いたのだろう。
沙織ちゃんは驚き、そして呆けていた。
よかった。
その反応で、俺は自分の予想が合っていたことを知る。
やはりここの水族館であっていたようだ。
実は、かつて水族館にいったことは話に聞いていたのだが、どこに行ったのかは聞いていなかった。
間抜けなことに、どこに行けばいいのか知らなかったのだ。
だから正直賭けだった。
ここらへんで水族館というのがここしかないから、一縷の望みをかけてここにしていた。
合っていてよかった。
「さ、入ろうか」
「……はい」
沙織ちゃんを促し、俺と彼女は一緒に水族館へと行く。
受付で大人と子供の入館料を払って、先へ進む。
受付を過ぎると室内は一気に暗くなった。
周りにあるのは水槽から漏れ出てくる光や非常口を示す看板の光だけ。
歩くのに支障がない程度の暗さの中を、魚を見ながら進んでいくしかない。
これは水族館特有の光景だな。
この独特の雰囲気が、俺はけっこう好きだったりする。
周りを見渡してみると、そこにいるのは家族連れやカップルばかりだ。
これは俺一人だったら浮いていたな。
いや、一人ならここに来ることもなかったか。
俺と沙織ちゃんは一緒に水族館内を回った。
当たり前だが、そこにはたくさんの生き物がいた。
狭い水槽にいる貝。
水槽内の水流に身を任せるままにしているクラゲ。
小さく、そしてたくさんで集まっている小魚。
大きな水槽の中を優雅に泳ぐ大きな魚。
いろいろな魚がそこにはいた。
「……」
ふと沙織ちゃんの方を見てみると、彼女はじっとだまって集中して水槽を見ていた。
そして一つの水槽を一分ほど見た後、また次のところに移動する。
時間をかけている方だろう。
他の人が十秒ほどで離れるようなところも、すぐには離れずに時間をかけてみていた。
とはいえ、展示している水槽の数にも限界があり、いずれは終わる。
前を見ると、出口が見えてきた。
とはいえ、まだ水族館の展示がこれで終わりというわけじゃない。
外には他のものも存在している。
外に出ると、そこにはペンギンショーが開かれていた。。
複数のペンギンが滑り台をすべったり、水の中を泳いでいる。
なかなか可愛らしい光景だ。
「かわいい……」
そう沙織ちゃんが口にするのを、俺は隣で聞いていた。
ペンギンショーが終わった後、別のところに移動しようとしたとき。
「あの」
沙織ちゃんは俺に話しかけてきた。
「ん?」
「ここって、私むかしきたことがあるんです」
「知ってるよ」
「え!」
沙織ちゃんが驚いた顔をする。
「どうしてしってるんですか?」
「むかし、君の両親と話したことがあってね」
「むかし、って」
「俺のお父さんとお母さんのお葬式だったかな。そこで話をしたんだ」
「そう、だったんですね。あのとき……」
彼女も俺の両親の葬式のことは覚えているらしい。
「うん。そのとき水族館に行ったことを話してくれて、それを思い出したんだ」
だから今日、水族館に誘ったんだよ、と告げる。
まあ、どこに行ったのかは本当は知らなくて賭けだったんだけど。
そこに関しては別に言わなくてもいいかな。
「そうだったんですね」
ポツリと呟き、沙織ちゃんが俺を見る。
「水族館に来たのは、ずっと前なんです。小学校の二年生のときでした」
彼女が二年生、というと。
今が六年生だから、四年前か。
「そのころ、ちょっと悲しいことがあって、おちこんでいたんです」
「悲しいこと?」
「ともだちが転校しちゃったんです。すごく仲が良かったので」
それで――、と彼女は続ける。
「お父さんとお母さんは、私を励ますためにここの水族館に連れてきてくれたんです」
「うん」
「水族館でお魚を見て。さっきのペンギンショーでペンギンを見て。あと、イルカショーとか、アシカのショーもあったと思います」
「うん」
「そのときはすっごく楽しくて、また行きたいと思いました」
声を震わせながら彼女はそう言う。
「あのときは、楽しくて。楽しかったから。覚えているんです……」
涙ぐんで、そう告げる。
どこに行ったのかも。
何を見たのかも。
沙織ちゃんはずっと覚えていたのだ。
そして今日、再び思い出していた。
一緒に水族館に行ったことを。
彼女の両親との思い出を。
「お兄さんが今日、私をここに連れてきてくれたのは――」
「……沙織ちゃんが、ここ最近元気がなかったからね」
俺は頬をかきながら告げる。
「少しでも元気になるかと思って、連れて来たんだ」
両親と一緒の行ったという水族館に行けば、いくらか元気になってくれるかと思ったのだ。
俺の目論見は、成功したのだろうか。
「ありがとうございます」
沙織ちゃんは席から立ち上がり、頭を下げてお礼を言った。
「おかげで少し、元気がでました」
「お父さんとお母さんときたここにまた来れて、嬉しかったです」
沙織ちゃんは、小さくほほ笑む。
その顔を見て、俺は安心する。
ここの水族館に連れてくるという行動は、彼女にとってプラスになる行為だったらしい。
「帰ろうか」
「はい」
元気が出たと言う彼女を連れて、俺は帰ることにした。
とはいえまだ館内で行っていない場所はあるし、時間だって昼頃だ。
別に急いで帰る必要はない時間である。
それでも帰るのは、このあと用事があるからだった。
向かう先は、沙織ちゃんの家。
つい一週間ほど前まで、沙織ちゃんと彼女の両親が住んでいた家だ。




