16話 小学生編3
「九条沙織です。よろしくお願いします」
小さな声、そしてつたない敬語で挨拶をされる。
相手は小学生。
小学生の女の子だ。
名前は九条沙織。
これから一緒に暮らす十一歳の少女の名前だった。
今日は葬式の翌日。
あれから色々な手続きなどをして、沙織ちゃんの引っ越しの準備も済んだ。
残念ながら彼女が来るまでに、ベッドなどをそろえることはできなかった。
急な話だったからな。
布団ならまだしも、ベッドを買ってすぐに配達というわけにもいかない。
彼女の使っていたベッドを俺の家まで運ぶにしても、引っ越し業者を頼む必要がある。
しかしどうせ業者に頼むのなら、彼女が家から持ってきたい家具を一度に持ってきた方がいい。
今回はベッドのみで、他は後で。
などとするほど俺もお金に余裕があるわけでもないのだ。
引っ越し業者に頼むのは後にして、今のところは持ち運べるものだけを持ってきてもらっていた。
とりあえず彼女の私物や服。他にも彼女が望んだ小物を鞄に詰めていた。
キャリーケースや鞄いくつかで収まる程度の量だ。
もちろん沙織ちゃん一人で全部を運ぶのは無理だから、俺も手伝って昨日運んでいた。
彼女の家から俺の家まで、電車で一時間といったところ。
運べない距離じゃない。
そうして午前中を使って荷物を鞄に入れて運び、午後は荷物の開封と家や近所の案内をした。
彼女の住む部屋にも案内した。
机やタンス、本棚等の家具が置かれている部屋で、広さも十分だ。
まだベッドはないが、それを入れても十分にスペースが余るほどの広さはある。
元々は母が使っていた部屋だ。
事故で亡くなったあとは色々と整理して、今は使われていない部屋だった。
ここには母が昔使っていた机などは残してある。
ただベッドは邪魔だから処分してしまっていた。
そして今回はそれが仇になった。
両親が昔使っていたものはとっくに処分してしまっていた。
今この家にあるベッドは俺の部屋にある一つのみで、他は存在しない。
しかたない。
今日はそのベッドを彼女に使用してもらおう。
俺は適当にソファで寝るとするか。
沙織ちゃんのベッドが家に届くまでの数日くらいなら、別にソファで寝るのも問題はない。
他に家の中を案内し、そして家の外も一応案内をする。
まあ、案内というほどのことはしてないんだけどな。
ベランダから近所を軽く見てもらい、駅や商店街の方角を示しただけで終わった。
本格的に近所を見ていくのは、後日やればいい。
そうして家の中や近所を説明していたら遅い時間になってしまった。
そして夜。
夕食を食べ終え、風呂なども終えて時間が経ち、十一時になった。
もう遅い時間だ。
沙織ちゃんは寝てしまっただろうな。
今日は引っ越しもあって疲れただろうし。
「俺もそろそろ寝るか」
俺も疲れた。
余った毛布はソファに持ってきているから、それを上にかけて寝るつもりだ。
電気を消そうとしたところ。
「あ」
沙織ちゃんがリビングに来ていた。
「あの……」
沙織ちゃんがおずおずと俺に話しかける。
「どうしたの? なにかあった?」
「いえ、何もないです」
彼女は下を向き。
「ただ。その……」
「ん?」
「――てください」
沙織ちゃんは告げる。
ただ、声が小さくて最初の方が聞こえなかった。
聞き取れなかったことを彼女の方も理解していたのか、もう一度告げる。
「い、いっしょに。一緒にいてください」
「一緒にって」
ええと、つまり。
どういうこと?
「その……。いっしょに、寝ても、いいですか?」
もう一度伝えられた彼女の言葉に、ようやく意味を理解する。
「一緒に寝る、か」
それは添い寝をする、という意味なのだろう。
変な意味では決してないし、小学生に対してそんな勘違いするほど頭沸いてない。
しかし。
それはそれとして。
一緒に寝るのは、ちょっとハードル高いなあ。
俺はつい、二の足を踏んでしまう。
添い寝するだけだ。
別に悪いことをしているわけじゃないんだけど。
でも。
親戚とはいえ、ついこの間までろくに話したこともなかったのだ。
そんな兄妹のような距離感になるにはまだ少し早い。
これは照れや恥ずかしさとはちょっと違う。
困惑、とも少し違う。
なんて表せばいいのかわからないが、とりあえず彼女の要求に素直に応えにくいというのが正直な気持ちだ。
というか添い寝をせがまれるほど、なつかれるようなことをしただろうか。
「あ……」
いやそうか。
そこまで考えて、ようやく俺はわかった。
なついているわけじゃなくて、彼女は寂しいのか。
彼女はつい先日両親をなくしたばっかりだ。
いま、彼女は一人だ。
「バカか、俺は」
そもそも、彼女を一人で眠らせようとしたのがまずかった。
まだ親がいなくなった悲しも寂しさも、消えたわけでも立ち直ったわけでもない。
彼女には、必要なのだ。
一緒にいて、安心させてくれる人が。
ここにきて、彼女の全く気持ちを考えられていなかった。
俺が二の足を踏んでいる場合じゃないのだ。
「わかった。一緒に寝ようか」
俺がそう言うと、沙織ちゃんは少しだけ嬉しそうに頬をほころばせた。
「ありがとうございます」
そして、二人で一緒に部屋に行った。
彼女がベッドに入り、横にずれる。
そのずれたところに俺が入った。
もともと二人用ではない。
俺と沙織ちゃんの二人が入ったベッドは狭かった。
だがそれでも、なぜだろう。
その狭さは悪くは感じなかった。
そして一緒のベッドに入り、数分ほど経ったとき。
「あの、お兄さん」
沙織ちゃんが声をかけてきた。
「なに?」
「手を握っても、いいですか?」
「いいよ」
俺が答えるとすぐに、沙織ちゃんが手をぎゅっと握ってくる。
その手を俺も握り返す。
「大丈夫だよ」
安心させるように、穏やかな声でそう告げる。
「…………ありがとうございます」
そう返ってきたあと、すぐに寝息が聞こえ始めた。
彼女の寝息を聞きながら、俺はそのまま眠りについた。




