エピローグ
「暇っすね」
「普通はこれくらいだよ。あんなのは珍しい」
「そっすか」
警察の奥の奥の先にあるファイルだらけの部屋で、私は自分の机に突っ伏して足をばたつかせる。
「にしても、暇過ぎます」
「事件なんてないに越した事ないんだよ、ゆとり君」
「もうやめません? ゆとりじゃないって事は十分証明出来たでしょ?」
「まあね。でももうすっかり呼び慣れちゃって」
事件が終わって、しばらく休んでいつもの事務机に戻ると、便箋が二枚枚置かれていた。
一枚は辞令。私の身が正式に影裏に移る事を証明するものだった。
もう一枚の差出人は影裏。つまり御神さんからだ。
“僕と関わっちゃったのが運の尽きだね”
会った時にも似たような事を言われた気がするそして、私はさらりと正式に影裏に迎え入れられた。
あの辞令はどうやって発動したのかと尋ねると、「権力」という答えが返ってきた。私が思うより、この人の力は大きいのかもしれない。
初めての影裏。様々な事に戸惑い、振り回され、奔走し、頭を回転させた。
疲れた。それはそれはとても。全ての根源が先輩だった事はなかなかのショックだった。しかし、今回の事で色々な事を知り、何より自分と向き合う事が出来た。大切にすべき正義にも触れた。
私には、もう事務作業は出来ないと思った。この世界で、御神さんのもと頑張っていきたいと思った。
現実は、驚く程に暇そのものだったが。
こんこん。
唐突に鳴ったノック音に、私と御神さんは扉の方を振り向く。
すーっと扉は開き、その奥から顔がちらりと小顔が覗いた。
「あのー」
間延びした声と、戸惑った様子の表情のその女の子は警官の制服を着ていたが、着慣れていない制服はまるでコスプレのようだった。
「これを持って来るようにと言われたんですけどー」
御神さんと目が合う。
――あーあ。
「ありがとう」
御神さんは椅子から立ち上がり、彼女からファイルを受け取った。
「じゃあ、あたしはこれで」
彼女はそそくさと部屋を後にしようとする。
――駄目駄目。
「駄目だよ」
「え?」
「帰っちゃ駄目だよ」
――やっぱり。
今度はどんな事件だろうか。どんな奇怪な世界に飲み込まれるんだろうか。予想してもどうせあたらないだろうけど。
事件なんて、めんどくさい。そう思っている自分もいる。まだ私の中にはバリバリにゆとりを貫いていた自分が残っている。
でも、ここにいる事。そこに存在意義を感じた。私達にしか拾えない声がある。
先輩みたいに、自分勝手な声もあるかもしれない。でも、本当に拾うべき声が、もっとこの世界にはあるはずだ。
私はそれを拾う。一つでも零さないように。
だって、私もこの世界を受け入れたから。
そして、私は女の子の顔を見ながら思った。
「僕と関わっちゃったんだから」
また一人、仲間が増えそうだ。そんな気がした。




