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「来い――っ!」

 旋回する焔を斬り刻みながら、速く鋭く空を舞う。

 空域を制圧する焔は軽く斬り捨て、私たち目掛けて放たれた炎弾は余裕でぶっちぎる。全方位に解き放たれた灼熱波は、私の癒術で受け止めた。

 空飛ぶほうきフライング・ブルームと焔鳥は付かず離れずの距離を保ち、小刻みに旋回しながら散発的な攻撃を交わし合う。シュガーが放つ黒鳴神ブラック・チョコレートは、残念ながら今の所一発も命中していなかった。


「ああもう、難しい……っ!」


 四発目の雷矢が宙に吸い込まれ、シュガーはもどかしそうな声を上げる。この不安定な足場だ。簡単には当たらなかった。


「もっと当たりやすい魔術は無いのか!?」

「あの炎の守りを貫ける魔術は限られてるんですよ! もっと接近できるなら話は別ですけど!」

「じゃあ、もっと近づいてみよっか」


 桜が何の気なしに言う。おいおい、まじかよ。あの花火みたいな鳥に突っ込むつもりか。

 返事も待たずに、炎弾をかわしながら鋭角に切り込む。二度、三度、小刻みに軌道を揺らし、気がついた時には焔鳥の真正面に立っていた。


「っだああああああああああっ! せめて心の準備くらいさせろー!」


 クチバシから放たれる焔を全力の癒術防御で妨げる。防御結界は見ている側から溶け落ちていくが、一瞬の隙をシュガーに与えた。


「――ハスタム!」


 シュガーが握っていた弓は形状を変え、黒くまっすぐな大槍に。背丈に合わない八尺の黒槍を片手で握り、焔鳥の喉笛にまっすぐに向ける。


「突っ込んでくださーい!」

「おーらい!」


 結界が溶け落ちるのもお構いなしに、桜は迷いなく加速した。

 焔の中に飛び込むと視界が真っ赤に染まった。何度も何度も智天使の恵雨ケルヴィム・ドライヴを詠唱し、多少なりとも火力を弱める。

 正直、長くは持たない。作り出せる猶予はほんの一瞬だけ。それでも。

 桜とシュガーなら、やってくれる。


「穿てえええええええええええええええええええっ!!」


 シュガーが叫ぶ。ズズッ、と思っていたよりは軽い感触がほうきに伝わり、ぱっと目の前で雷火が瞬いた。

 悲鳴じみたけたたましい叫びは焔鳥のものか。千切れた焔が五月雨に降り注ぎ、防御結界を噛み砕いた。

 一撃は入れた。が、結界も破られた。


「逃げるよっ!」


 急旋回、急加速。無軌道な焔をギリギリの判断で抜けながら、桜は焔鳥から距離を稼ぐ。

 目の前ほんの数センチを焔が焦がす。間に合わせの即席結界で追撃の焔を受け止め、逸らし、中和する。


 悲鳴は狂ったように鳴り響き、距離を稼いだ以上に火勢は強まる。結界で防ぎきるのも限界に近い。

 桜が何かをしたのは、その時だった。


「極星斬魔流――!」


 焼け付く空の中、砕けた疾風カゼ破片カケラが宝石のように輝くのを、私は見た。


輝空裂破シャイニングスライサー!」


 光り輝くカケラが舞う空を、桜はまっすぐに突き抜けていく。

 不思議と、輝きの中に焔は届かなかった。巻き込んだ風が背中を押し、伸びやかに加速し続ける。

 早く、速く、疾い。ほうきは一陣の風となり、空域を真っ直ぐに貫いていて。


 ――ああ、そうか。なるほど。

 これが、桜が見ている世界なんだ。


 焔鳥から十分に距離も取ったところで、ゆっくりと桜は減速した。


「天斬寺流剣術に、斬れぬものなどないのだ」


 だからそれ、絶対剣術じゃないだろ、とは言わなかった。

 悔しいけれど。光の道を駆け抜けるのは、正直気持ちよかったんだ。


「だからそれ……絶対……剣術じゃないですよね……!」

「シュガー……。ひょっとして、見えなかったのか……?」

「え、ノア? 見えたって、何がですか?」

「……いつかシュガーにも分かるよ。この剣術の奥深さが」

「ノア!? まって、ノア、置いてかないで!?」


 シュガー、今度一緒に走ろう。あの空の果てまで。そうしたらきっと、私たちは疾風カゼ破片カケラに手が届く。

 果てない空に夢を抱く一方、シュガーは「おかしいのは私なのかな」って顔をしていた。


「それよりも焔鳥は……」


 喉笛に黒槍(チョコレート製)が突き刺さった焔鳥は、苦しそうに焔を撒き散らしながら、ふらふらと落ちていった。

 魔国が展開する結界にべたりと落ち、何度か強烈に跳ね返されて、やがては地に堕ちた。


「殺しちまったか?」

「相手は神獣ですよ、ただ一撃の魔術で死ぬとは思えません。ですが……」


 倒れ伏した焔鳥は爆炎を放つ。紅蓮の業火で身を包み、べったりと広げた翼に焔を纏う。長い真紅の翼が鮮やかな緋色に生え変わると、焔鳥はゆっくりと立ち上がった。

 焔の中から這い上がったそれは、金の瞳に正義を燃やす。呼気に焔を漏らして、強く強く戦意を示す。


「怒らせたみたいですね」


 ブチ切れた焔鳥は空を飛ぶ私たちを見上げ、翼を広げた。

 煌々と輝く焔が天へと登る。夕陽よりもなお紅に染まる空は、この世のものとは思えない様相を描き出す。

 紅天の空に鳥は舞う。降り注ぐのは紅蓮の雨。魔国の結界は焔に打たれ、ゆらゆらと蒸気を吹き上げる。

 燃え盛る正義の炎が何もかもを焼き尽くす。国が、地域が、この一帯の何もかもが、激烈に燃えている。


 天災を遥かに凌駕する、炎海の魔法・・。激烈な焔が魔国を包む。

 ああ、くそ。マジかよ。お前は本気でそれを使うのか。

 これは魔法だ。こんな無茶苦茶な現象、魔法じゃなくてなんだって言うんだ。


「来い――っ!」


 叫ぶ。

 解き放つ。

 負担が大きいのは分かっている。使ってはいけないことなんてよく分かっている。

 それでも。この状況を覆す術を。

 私は一つしか知らない。


(そうです、存分に使うのです! これは、あなたに与えられた力なのですから!)


 脳裏にウロボロスの声が響く。こんなもの私の力じゃない。だが。

 使わないわけにはいかなかった。


「桜! シュガー! 行ってくる!」

「ノア!? まさか、神獣の力を!?」


 ここに居ては二人まで巻き込んでしまう。一人、ほうきから飛び降りて、浮遊魔術を多重詠唱。

 魔力量に物を言わせた強引な飛翔。それでも私は単身での飛翔を果たし、焔鳥と正面から向かい合った。


「いい加減にしろよクソ鳥……! それを使っちまったら、私たちは決着が着くまでヤラなきゃなんねえだろうが……!!」


 荒れ狂う魂から魔力を乱暴に引きずり出し、効率なんて度外視で片っ端から術式に叩き込む。

 いくつも描かれた智天使の恵雨ケルヴィム・ドライヴの魔法陣が豪雨を引き寄せる。炎海に豪雨が降り注ぎ、魔法の影響を少しでも緩めた。


 風が吹く。炎と雨とが激突する。

 それでも焔鳥の瞳は正義に輝いて。私の魂で荒れ狂う癒龍は、歓喜に高ぶった。

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