「焼き鳥とフライドチキン、どっちが好みだ!」
だが、どうにかするには高度がありすぎた。
焔鳥が飛ぶ空はあまりにも高く、遠い。多少の浮遊魔術は使えるが、あの高度まではとても届かない。
「ノアっ!」
シュガーが投げ渡したそれを受け取る。空飛ぶほうき。オーケー、良いものをくれた。
正直、運転は私よりも桜の方が上手い。桜にほうきの前には桜を乗せて、私は桜の後ろで魔力炉に火を灯す。
なぜか、私の後ろに、さらにシュガーが乗った。
「……なぜ3人乗り」
「一本しかないんですよ! これ私物ですもの!」
「機体が重いよぉ……」
よく見ると、ほうきの側面に拙い文字で名前が書いてあった。シュガー・ラブ。そうだよね、無くしたら大変だからお名前書かなきゃね。
重くはなったが、その分エンジンもツインだ。私とシュガーの混合魔力が流れ込むと、重さなどまるで感じさせない力強さでほうきが浮く。
すいん、と滑るように、滑らかな軌跡を描いて空を飛んだ。
「……ほほう。魔力なんだけど、ノアちゃん3割シュガーちゃん7割でお願いできる?」
「良いけど、どうしてだ?」
「昨日と感触が違うの。多分だけど、ノアちゃんの魔力はまっすぐで、シュガーちゃんのは滑らかみたいな?」
よくわからないが、桜が言う通りにしてみる。すると、ほんの僅かだが飛び方が滑らかになったような気がした。
桜は上機嫌に「わっほい! これこれー!」なんて言っている。違いが分かるらしい。
「確かに魔力効率が上がってる……。魔力の質には個人差がある? そんな初歩的な見落としがあるはずが……。いや、待ってください。ひょっとして個人差じゃなくて種族差ですか? だとしたら……」
「シュガー、そこは私も気になるけど、後で考えよう」
「……そうですね、今はあんちくしょうに集中します」
高度はぐんぐんと上がり、間もなく結界の隙間から外へと飛び出した。
自らと同じ高さまで飛翔した存在を、焔鳥は激しくにらみつける。
神獣種が人里を襲撃する事件はこれで二度目だ。凍狼の時と関連性があるに違いない。
そう考えていたが、様子は少しばかり違っていた。
(焔鳥の目に、憎悪が無い……?)
あの時の凍狼は、突き刺さった呪具から流れ込む瘴気に異常をきたしていた。
だが。今私たちの目の前に居る焔鳥にそんな様子は無い。至って正常に、義憤にかられて、人を襲う。
つまり。
「……シュガー。イカれた実験に携わったバカどもを全員連れてこい。そいつらをまとめて食わせれば解決だ」
「仮にも救華の人間が真っ先にそれを提案しますか!?」
「より多くを効率的に救うためだ。必要な犠牲ってやつだよ」
「もうちょっと頑張ってくださいよー!」
でもまあ、本気でやるわけじゃない。全員助けるのが第一だ。たとえそれがどんなバカでも。
まずはコミュニケーションだ。上手に話して円満解決、それが私の勇者道。
「聞こえるか焔鳥! お前の怒りはめちゃめちゃ良くわかった! 後で私たちがバカどもを上から順番にぶん殴っとくから、今日のところは――」
焔鳥がけたたましく嘶くと、無数の炎が宙に浮いた。天体図のようにゆっくりと旋回する炎が、緩慢ながらもこっちに向かって飛んでくる。
桜がちょいっと避けると、そのまま飛んでいった炎弾は旋回する炎に直撃し、大きな爆炎を上げた。
「……オーケー、よくわかった。おいクソ鳥。焼き鳥とフライドチキン、どっちが好みだ!」
「そう来なくっちゃですよ! ハラワタぶっこ抜いて、油でカラッと揚げてやりましょう!」
「だめだ……。この幼女二人、血気盛んすぎる……」
話は一発殴ってから、それが私の勇者道。あと幼女って言うな。
でも知ってんだぞ。そうは言いつつも桜、さっきから斬りたくて斬りたくてたまらないんだろ。顔を見なくても分かる。
魔力を魔力炉に送る片手間で癒術を編む。展開するのは特急癒術、智天使の恵雨。空間にたゆたう大量の水が焔鳥の炎とかぶさり、互いに喰らい会う。
発生した膨大な蒸気が私たちの姿を隠す。されど、焔鳥が放つ輝きは蒸気の中からでもよく見えた。
「シュガー、あそこに一発ぶっこめるか?」
「もう、用意して、ますよっ!」
五枚。袖から飛び出したチケットを、シュガーはまとめて羽ペンで切り裂いた。
チケットの中に予め込められていた術式が弾け飛ぶ。五本宙に浮いたのは、黒く艶を放つ棒状の棘。それぞれが雷で連結されていた。
「飛べっ!」
一本の棘が蒸気の中に消えて、残りの四本も引きずられるように消えていく。巨大な鳥の影に狙い過たず命中したそれは、連続した稲光を見せた。
だが、鳥の影に変化はない。もうもうと立ち込める水蒸気の中、一点で静止している。
その姿はまるでうずくまっているようで……。
「あ、これ、まずいね」
桜がのんきに言った次の瞬間、空が爆ぜた。
灼熱の波動が正面から叩きつけられ、水蒸気が纏めて吹き飛ぶ。豪快な熱量は余さず空を焼き尽くし、逃げ場の無い爆炎が私たちを襲う。
「なわあああああああああああああああああっ!!」
智天使の恵雨を再展開。たゆたう癒しの水が火勢を緩め、その隙に桜が緊急離脱した。
一度結界の内側まで逃げ帰る。焔鳥の炎もここまでは届かないようだ。
「くっそ……! 無茶苦茶しやがるな、あいつ……!」
「多分ですけど、私の術式、溶かされてましたね。攻撃が届く前に何もかも焼き尽くされます」
「んー……。あれを斬るのは、ちょっと大変そうかなぁ」
近接じゃ絶対無理だと思うんだけど、それでも桜は斬る気満々だった。
生半可な攻撃は通じない。近づくことすら困難。同じ空域で飛び回るだけでも、旋回する炎を智天使の恵雨で打ち消さなければならない。
攻防一体の超広範囲を焼き尽くす炎熱。触れるもの全てを拒絶する苛烈な炎。
これは、少し、骨が折れる。
「完全に無力化するのは無理だ。一点突破するしかない」
「一点突破……。どうするの?」
「シュガー。あの炎を貫いてダメージを与えられる術式はあるか?」
少し迷った後、シュガーは真っ白なチケットを取り出した。
慣れた手付きでさらさらと複雑な紋様を書き込んでいく。黒と雷、それから弓の意を持つ術式だ。
最後にピピッと羽ペンを走らせると、黒い雷を宿した弓がシュガーの手に握られる。さっき投げていた黒い棘を大きく反らせ、より凶悪にして、バチバチと激しく帯電させたようなシルエットをしていた。
「特級雷魔術、黒鳴神。超電導チョコレートです。これなら――っ」
「チョコレート? なんでチョコレート?」
「え? だって、美味しいじゃないですか」
シュガーは「なにいってんですか」みたいな顔で当然のように答えた。魔術に可食性は重要な要素だ、と言わんばかりに。
よく見るとシュガーが持つ弓は、本当にチョコレートだった。大魔術師の考えることはよくわからない。
まあ、いいや。用に足るならなんでもいい。
「桜。シュガーの術式が届く距離まで飛べるか?」
「本気出していいならー?」
「心強いな、ったく」
桜が飛び、シュガーが貫く。だったら私の役目は二人を守ることだ。
範囲を指定して智天使の恵雨の術式を展開する。範囲を狭くした分、より濃密に、より強固に。高密度の流水・砕氷・氷壁の守りが、カプセル状に私たちを包んだ。
「さっきの感触からして数回は受けられるように編んだ。あくまでも保険だから過信はするなよ」
「おっけい。二人とも、準備はいい?」
私とシュガーが首肯する。桜は一度その場でくるっと回転し、ガゥンと強く魔力炉を嘶かせた。
「極星斬魔流――機式」
「は?」「へ?」
桜が呟いたのは剣術の名。聞き間違いかと思ったが、にっと微笑む桜の顔に、嫌な予感が強くなる。
「斬空疾走ー!」
その一瞬。世界が吹き飛んだ。
魔力炉から魔力が一瞬で吹き飛ぶ。魔力炉は弾けるように高く音を響かせて、莫大な推力を生み出した。
「うなああああああああああっ!」
「ひにゃああああああああああ!!」
私とシュガーの悲鳴が空高く響いた。
ほうきは空を切り裂いて、一瞬で結界の外まで飛び出す。旋回する焔の隙間を縫うように駆け巡ると、一瞬遅れて反応した焔が私たちの後方スレスレで爆発した。
僅か3秒。魔力炉に込めた魔力が尽き、通常運転モードに戻るまでの、たった3秒。その間に私が張っていた智天使の恵雨は二度の衝撃を受け止め、焔鳥が浮かべていた焔は半数が消えていた。
「にゃっ……なんだよ、今の!」
ちょっと噛んだ。
「極星斬魔流・機式、斬空突破。バイクに乗った状態で敵を斬り裂くための剣術だよ!」
「剣はどうした!」「剣術ですよね!?」「わっけわかんねえ!」「わっけわかんないですよ!」
「おいおい、二人とも――。斬り裂かれた“疾風”の“破片”が見えないのかい?」
見えない。見えてたまるか。そのキメ顔をやめい。
ああもう、くそ、この異世界人を理解するのは後だ後。急いで智天使の恵雨を貼り直し、魔力炉に魔力を叩き込む。
「動力、多めにお願いしてもいい?」
「……シュガー、どうする?」
「……フライドチキンのためです。ノア、やりましょう」
シュガーはシュガーで目が据わっていた。元気な奴らだよ、まったく。
桜のリクエストに答えて、魔力炉の容量ギリギリまで混合魔力を込める。ああ、もう、絶対もっと酷い目に遭うぞ。
「それじゃあ、かるーく仏恥義理ますかね」
この危険な空の上。私が顔をひきつらせる一方、シュガーと桜はやる気に満ち溢れていた。




