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「ノアちゃんはもう地獄に落ちるしかない」

 桜が解剖されてしまっては困るので、私はシュガーに桜のことを教えた。

 異世界から来たこと。

 魔力は無いが、高い戦闘能力を持つこと。

 神獣と魂が繋がっている疑惑があること。

 他にも色々話したが、纏めてしまえばそんな感じだ。


「……なるほど、異世界人ですか」

「何か知ってるか?」

「いえ、まったく。何一つとして、これっぽっちも知りません。今の所最有力な仮説は、私が凄まじい勢いで聞き間違えたことですね」

「私や桜が嘘を言ってるんじゃなくてか?」

「ノアが信じたことは私も信じますし、ノアは嘘を言わないでしょう」


 さらりとシュガーは言い切る。大変信用されていたけれど、私、嘘くらい言うよ。隠し事もするし。

 そんなに良い子じゃないんだけどなー、なんて思いつつ、ややこしくなるので否定はしなかった。


「だからこそおかしいですね……。言っておきますけど、ノアが思っているよりもずっと異常な現象ですよ、これは」

「まあ、おかしいっちゃおかしいけど。そこまでか?」

「だって私は、森羅の塔の大魔術師メイガスですよ? この塔は森羅を見通すために建てられ、私はこの塔の全てを知るものの一人です。その私が存在すら知らない現象が、事実としてここにある」


 気負いなくシュガーは言う。傲慢ではなく、彼女が積み重ねてきたものだ。

 私が救華の特急癒術士ビショップであるように、彼女は森羅の塔の大魔術師だ。


「分からないものは知ればいい。少し調べてみましょうか」

「頼む。向こうの世界への移動手段とかも分かれば最高だ」

「別に、帰れなくてもいいんだけどなー」


 桜は相変わらずそう言っていたが、シュガーは聞いちゃいなかった。

 未知なる世界。そんな可能性に、魔術士が食いつかないはずがない。


「それよりもさ、大魔術師メイガスって何? 魔術士とは違うの?」


 桜の大分今更な質問に、シュガーはぱちくりと目を瞬かせた。


「大魔術師を……知らないんですか……? 超越者に最も近いと謳われる、この私たちを……!?」


 信じられないものを見るような目で、シュガーは桜を見上げていた。ぷるぷると震えていた。


「シュガー、落ち着け。言っただろ、桜は異世界人だ」

「我々大魔術師の威光も、異世界には届いていないようですね……」


 本気で落ち込んでいた。

 だって桜、そもそも魔術のことすら知らなかったんだぞ。大魔術師なんて知っている道理も無い。


「森羅の魔術士は全12の位階に分かれており、大魔術師メイガスは上から二番目になります。事実上、全ての魔術士の中で最も魔法に近い人間ですよ」

「? 一番上じゃないの?」

「一番上の魔法使いイプシマスは、その名の通り魔法に到達してしまった存在です。正真正銘の超越者。そんな存在はしばらく歴史上に姿を表していませんよ。あれは名目上の位階に過ぎません」

「え、でも……」


 桜は私を見る。私はシュガーから見えない角度で、唇に人差し指を添えるジェスチャーをした。

 内緒な、内緒。私たちが魔法を使えることはまた今度話そう。森羅の塔ここで話すと面倒くさくなるから。


「そういえばノア。以前会った時、私たち勇者は神獣の力を深くまで借りることで魔法を使えるかも知れない、って話していましたよね? あれ、どうなりました?」

「あーっと……。それは、まあ、その、あれだ」

「まあ、そう簡単にうまくいくとは思いませんけど。そもそも神獣の力を使うこと自体――おっと」


 シュガーはそこで口を止めた。ダメだよ、その先は言ったらダメ。

 私たち勇者は世界を救う存在でなければならない。今はまだ良くとも、時が来れば希望の象徴にならなければならない。

 だから私たちが勇者の力をよく思っていないことは、勇者以外に知られるわけにはいかなかった。


「で、どうなんです?」


 しかしシュガーは、追及の手を緩めなかった。


「いやだから、使えないって」

「はぐらかす時は後ろめたいことがあるって言いましたよね。ノア、あなた、分かりやすいですよ」


 肩をすくめる。あー、もう、鋭いな。

 パチンと指を鳴らし、幻聴魔術を展開する。シュガーは袖から取り出したチケットに羽ペンを走らせ、より強固な隔絶魔術を重ねた。

 ここは魔術士たちの巣窟、森羅の塔だ。私の魔術だけでは不安だが、シュガーも手を貸してくれたのなら確実だろう。


「シュガーは神獣の力、どこまで使えるようになった?」

「どこまでって……。全く、ですよ。あんな力、怖くてとてもじゃないですけど使えません」

「そうか」


 そうだ。それが当然の反応だ。

 一度使えば嫌でもわかる。これは、人間が使っていいものではないと。


「ノアは? まさか、本当に使ったんですか?」

「ああ、何度かな」

「何度か!?」


 シュガーは目を見開く。そこからの行動は素早かった。

 私の頬をぐいっとつかみ、至近距離で目を合わせる。大きな紅玉の瞳が、私の碧眼を真っ直ぐに見据えていた。


「シュガー?」

「黙って!」


 シュガーの瞳に魔法陣が浮かぶ。相手の魂を覗き込む解析魔術だ。

 抵抗レジストしようと思えばできたが、私はそれを受け入れた。


「ノア……。あなたの魂……。なんで……」

「なあ、シュガー」


 シュガーが何かを言う前に、私は口を挟む。


「目、綺麗だな」

「……ふぇ?」

「好奇心にひたむきっていうか、気になることに一直線っていうか。何かに夢中になってる時のシュガーの目は、すごく綺麗だ」

「へ、え、え、急に、あなた、なんてこと言うんですか!?」


 ぱっと離れると、シュガーはこれでもかとばかりに帽子を被った。

 その被り方たるや、頭部が完全に飲み込まれるほどだった。おー、あの帽子、みょんみょん伸びるな。


「ノアちゃん……」

「な、桜もそう思わないか? 前から気になってたんだよなー。紅玉ルビーみたいで、綺麗だなって」

「ノアちゃんはもう地獄に落ちるしかない」

「なんで!?」


 なんだか凄まじい勢いで糾弾されていた。

 よくわからないし、よくわからない。私はただただ首を傾げるしかなかった。

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