「……仲、良いんですね」
「……それで、ノア。今日は何をしに来たのですか?」
クレープを食べ終わったシュガーが、少し赤みの残る顔で訪ねる。
何をしに来たって言っても、特別何かをしに来たわけではない。強いて言うなら情報収集だ。私たちはまだ、どう動けばいいかも分かっていないんだ。
「いくつか知りたいことがあるんだ。魔王の所在について何か知ってることはあるか?」
「魔王? 魔王って言うと、勇者の敵の、あの魔王ですか?」
首肯する。私が癒国の勇者であるように、シュガーも魔国の勇者だ。魔王について何も知らないということも無いだろう。
だが、シュガーは、慎重に質問を返した。
「ノア。何をするつもりなんですか?」
その質問に答えあぐねて、私は沈黙を作った。
勇者と魔王の決戦は8年後と定められている。まだ勇者たちが未成熟なこの時期に魔王を討つだなんて、かなりの無茶だと誰もが断ずる。
「さあ。なんだと思う?」
「ロクでもないことだと今断じました。はぐらかすのは、後ろめたいことがあると言っているようなものですよ」
あちゃー、下手打ったな。
シュガーは頭が回る。安い誤魔化しが通じる相手ではなかった。
どうすっかなー、と私が考えあぐねていたところ、能天気な桜が割り込んだ。
「ノアちゃんはね、魔王を討ちにいくんだよ」
「ちょっと、桜……」
「もう一人倒してるんだって。まだちっちゃいのに、すごいよねぇ」
桜は悪意なくにへらと笑う。誤魔化そうだなんて考えもしない彼女は、私からは眩しく見えた。
でも、シュガーはそんなとぼけた感想は持っちゃくれなかった。
「ばっ……!」
信じられないものを見るような目をして、シュガーはぷるぷると震える。私は桜と顔を見合わせた。
「ばっかじゃないですか、って言うな」
「ばっかじゃないですか、って言われるやつだね」
「ばっかじゃないですか!? 馬鹿ですよ! 何考えてるんですか、この、おたんこなすー!」
おたんこなすとまで言われてしまった。私はただただ、肩をすくめた。
「私たちはまだ8歳なんですよ!? 魔王を相手に、たった一人で、無茶にもほどがありますよ!」
「いやまあ、無茶なのは分かってる。でもな」
「でもも、だっても無いですよ! なんで、そんな、無茶なこと……!」
色々事情があるんだよ。同じ勇者なら分かってんだろ、私たちには時間がないって。
「シュガー。分かってんだろ」
「分かってるって、何がですか!? この年で魔王を倒さないといけない理由なんて……!」
「シュガー」
真正面からシュガーの顔を見る。苛烈な瞳が、心配と不安に揺れている。
怖いのは分かる。不安なのも分かる。でもな、やらなきゃいけないんだ。
私は幻聴魔術を展開し、短く尋ねた。
「勇者の力、どう思う?」
「…………っ!」
その質問に、シュガーは即答しなかった。揺れる瞳に、理解と困惑の色が同居する。
それだけで十分だ。口にはせずとも、シュガーだって、この力がどういうものなのか考えなかったわけではないはずだ。
断言しよう。私たちにとって、これは呪いだ。
「そんな、ノア、あなた、本気で……」
「ああ」
シュガーは迷う。口を閉じる。私の真意を、覚悟を、慎重になぞる。
やがてシュガーは、反魔術式を編んで私の幻聴魔術を破った。こんな往来での密談はかえって目立つと、そう判断した。
「……ノアに、見せたいものがあります。桜姉さんにも」
シュガーが何を見せたいのかは分からないが、私はそれを受け止める。
私の本気に、シュガーは本気で答えてくれた。そんな気がしたからだ。
*****
案内されたのは、魔皇国グリモワールの中央にそびえ立つ白亜の巨塔。
天をも掴むほどにそびえ立ち、森羅万象を観測してみせると謳うその塔は、森羅の塔と呼ばれている。
「へへー。最初見たときから入ってみたかったんだー」
シュガーに誘われるまま塔に入ると、桜はにへらと笑う。もう、なんでも楽しそうなやつだ。見ていて飽きない。
塔の中央は大きな吹き抜けになっていて、見上げれば頂点までがひと目で見渡せる。空に浮いた小部屋が内壁に沿ってゆっくりと移動しているが、それぞれの部屋の間に道は無い。魔術士たちはほうきを使って空を飛ぶことで、浮き部屋の間を縦横無尽に移動していた。
「ノア。フライング・ブルームは乗れますか?」
「無免でいいなら」
「悪い子ですね」
シュガーはくすりと笑う。シュガーだって無免だろうに。
空飛ぶほうきは本来なら16歳以上でなければ、免許を取れない。でもまあ、ちょっと魔術の心得さえあれば、免許を取る前から乗りこなすのも珍しい話ではなかった。
「桜姉さんはどうです?」
「ああ、桜は――」
魔術は使えないだろうし、私の後ろに乗せようか。
って言おうと思ったけれど。何かを期待するような瞳に、私は口を閉ざす。
「桜、運転してみるか?」
「できるの?」
「私が後ろに乗って魔力操作する。桜はハンドルを頼む」
「やった! ノアちゃん好き!」
抱きつきにくる桜の手をするりと抜ける。やめんか。
「……仲、良いんですね」
そんな私たちを見て、呟いたシュガーの声は、少し冷たかった。
桜は少しだけ真面目な顔をして、それに答えた。
「相棒だからね」
「でも……でもっ。私は、桜姉さんより前から――」
シュガーが何かを言おうとして、口を開いて、何も言わずに口を閉じた。
帽子を目深に被るジェスチャー。今日だけでも何度も見たそれは、何か言いたいことがあるというサインなのだろう。
「ごめんなさい。私、嫌な子でした」
「謝らないで」
何に対しての謝罪かも分からないそれを、桜はまっすぐ受け止める。
「自分の気持ちでしょ。謝っちゃダメ。自分にだけは、素直になっていいんだよ」
「でも……私は……」
「大丈夫。私たち、きっとみんなで友達になれるよ。ね?」
桜はシュガーの手に、そっと自分の手を添える。少しだけ差のある身長を補うように、シュガーは顔を上げた。
見つめ合うこと数秒。示し合わせたように、淡く笑って。
「ノアちゃんが悪い」
「ノアが悪いです」
「だから、なんで?」
私のせいになった。よくわからん。




