「治療を始める。抵抗は無意味だ」
「よーしお前らー。一列に並べー。縦じゃない、横だ横。私から顔が見えるよう並べ」
そんなわけで。
超簡単な魔力検査中(全36項目。十分多い)の桜を待つのに退屈した私は、検問所で即席の診療所を開設した。
「なんだなんだ? 癒術士様のマネごとか? おいガキ、親御さんはどうした」
「黙れ。魔弾・癒式」
列に割り込んで絡んできたおっさんを、魔弾の一撃で黙らせる。横に並べって言っただろ。
体を癒やされながら吹っ飛んだおっさんに、ちょいちょいと白衣を見せる。救華の白衣は有名だ。これを着ていれば、癒術士であることの説明には事足りる。
「その白衣……! まさか、救華の癒術士……!?」
「怪我は? 痛いところは無いか? 無いならもう行け」
癒術を編み、魔弾・癒式を多段展開する。
射線の邪魔だ、さっさとどけ。
「先に言っておくが、私は戦闘癒術のほうが得意だ。射抜かれたくない奴らは両手を上げろ。優しく撃ってやる」
無数に浮かぶ弾丸を見て旅人たちが動揺する。荒っぽくてすまんな、戦場育ちなんだよ。
一歩、後ずさった奴の額を撃ち抜く。あーもー、逃げるなよ。私はただ、効率よく癒やしたいだけなんだ。
「治療を始める。抵抗は無意味だ」
そして、魔弾の嵐が吹き荒れた。
荒れ狂う癒やしが旅人の体を貫く。炸裂音が鳴り響き、外傷も疾患もお構いなしに喰らい尽くす。
戦闘癒術は、判断する時間も資源も限られた極限状況下を想定した癒術だ。並大抵の傷病は一撃で塞ぎ、生命力を増強して疾患を吹き飛ばす。
完治を目指す医療癒術とは異なり、あくまでも応急処置の延長線。
だからこそ、この癒術は、より多くの命を効率的に救える。
「一通り治療したが、物足りない奴はいるか? 遠慮しなくていい、何発でも撃ってやる。――そうか、いないか。なら行っていいぞ。ああ、そこのお前はダメだ。こっち来い」
一人、呼び止めた。
ひと目見て感じたが、こいつは他と違う。魔弾・癒式程度では治せない。
枯れ草色の旅装を纏う男。装備はところどころ焼け焦げた傷があり、彼自身の頬にも大きな火傷があった。
(重度の熱傷……。なんだこれは。こいつは、どうして動いていられる?)
いつ死んでもおかしくないほどの、激しい損傷。
だと言うのに、それだけの傷を受けた彼は平然としていた。
「おい、お前。これはどこで何に受けた火傷だ」
命を繋ぎ止めるための癒術をいくつも起動する。戦闘癒術ではなく、より効果が細やかな医療癒術を。
ギリギリのところで生きながらえているというのに、彼はへらへらと笑っていた。
「おい、答えろ。これは――」
「俺は」
男が答える。
目は虚ろで焦点は合わない。口角から泡を吹き、表情は場違いなほどに明るい。
明らかに異常だ。異常だと言うのに、彼の幸せそうな笑顔が目に焼き付く。
「神に出会った」
ぐらり、ぐらりと、男の体が揺れる。平衡を失い、平常が欠ける。
倒れる。倒れ伏す。そんな様子を、私は、ただ見送った。
見送ってしまった。
「……っ! クソが、死なせるかよッ!」
一拍遅れて、中級癒術・智天使の水心を起動した。
流水の癒術が男の体を冷やし、移ろいたゆたう癒やしで柔らかく包む。
急速に弱まった命の鼓動が、緩やかながらもリズムを保った。ギリギリだ。本当に、ギリギリのところで、命をつないだ。
「なんだってんだよ、一体……」
状況は予断を許さない。命をつなぐための術式はたゆまず紡ぎ続ける。
にわかに騒然となった検問所で、私は男の言葉が妙に引っかかっていた。
*****
一通りの施術を終え、男の容態は安定した。というより、強引に安定させた。
癒術士の本気だ。通常の医療院には真似できない、採算度外視のフルスペック癒術。
むしろ、そこまでしなければ彼の命は拾い上げられなかったとも言う。彼は、本当に危ないところだった。
「ふう……」
「ノアちゃん、お疲れ。なんだか大変だったみたいだねぇ」
検査を終えた桜がベンチに腰掛け、自分の膝をぽんぽんと叩いた。なんだ、どういう意味だ。
桜は何かを期待しているようだったが、私は桜の隣に普通に腰掛けた。
「むー……」
「?」
ちょっと拗ねていた。なんだなんだ。
「旅人を治療していたんだが、一人重症のやつがいてな」
「そうなの。大丈夫だった?」
「一命はとりとめた。後は寝てれば治るさ」
後のことは魔国の医療院に任せた。しばらくすれば目も覚ますだろう。
それよりも気になっているのは、彼が受けていた重度の熱傷。実際に治療している時、ずっと違和感があった。
焚き火か何かに突っ込んだと考えるにはあの傷は綺麗すぎる。とても丁寧に熾された純度の高い火で、清らかに炙られたかのような。そんな不可思議な感覚を覚える。
でも、まあ、気にしていても仕方ないことだ。
「それよりも桜。そっちはどうだった?」
「んー。よくわかんなかった」
「よくわかんなかった?」
「うん。水晶みたいなのに触ったり、採血されたり、変な巻物読まされたりしたんだけど、何も起こらなかったの」
「……何も? 水晶が光ったり、血文字が浮いたり、魔術が起動したりしなかったか?」
桜はふるふると首を振る。艶やかな黒髪が、さらさらとそれに追従した。
魔力が検出されていない。おかしい。それは明らかに異常な現象だった。
「検査していた魔術士の人はなんて言ってた?」
「人でなしって言われた」
「ちょっと待ってろ。殴ってくる」
「すてい、すてい、すてーい。どぅーのっとばいおれんす、おーけー?」
「人の連れを人でなし扱いするやつはデストロイ」
腰を浮かせた私を桜が引き止める。ちっ、桜が止めるなら許してやろう……。
でも、魔術士がそう言うのも分かる。人でなしはいくらなんでも言いすぎだと思うけど。
「魔力がどういう仕組みなのかは前話したよな?」
「うん。大本は因果律にあって、魂から滲むんだよね」
「桜はそのどっちか、または両方がぶっ壊れてるかもしれない」
厳密にはその後、魔力を操作するプロセスが挟まるけれど、今回は関係ない。
これが苦手で魔術を使えないっていう人はよくいるが、そんな人でも魔力自体は持っているし、検査すればちゃんと魔力は検出される。
だから魔力自体が検出されないと言うのは、相当にありえない現象だ。
だが、なにせ桜は異世界の人間だ。ありえないなんて前提は最初から崩れている。
「ひょっとして、私、魂無い?」
「かもしれないって話だ」
「無自覚な哲学的ゾンビなのかな」
「自らを哲学的ゾンビと疑うのか」
壮絶に矛盾していた。心配しなくても私は桜のことを人間だと思ってるよ。
桜はくるくると頭を悩ませていたかと思うと、ぱっと頭を振った。
「ま、いっか」
「いいのか?」
「私は私。魂があろうとなかろうと、天斬寺桜は揺るがないのです」
「桜にとっての自分ってなんなんだ……」
「んーと、ソウル的な?」
矛盾していた。私はツッコミを諦めた。
「要はハートだぜ、相棒」
「魂とソウルとハートの違いが気になるところ」
「細かいこと気にしてたら背伸びないよ?」
「んなっ……」
おまっ、人が、気にしてるところを……!
立ち上がって、ひらひらと手を振る桜の手の甲には、私と同じ刻印が刻まれている。結局魔力を登録できなかったので、こういう形になったらしい。
「お揃いだね」
「まあ、そうだな」
桜は妙に嬉しそうだった。入国準備も整ったことだ、そろそろ入ろう。
ハニカム構造の結界をくぐり抜ける桜は相変わらず楽しそうだったけれど、その時私は、頭をよぎるもう一つの違和感に気がついた。
検査をしても桜の魔力を検出できなかった。それ自体も大分おかしいことだけれど、もう一つ。
桜が持つ神獣の魔力は、どこに消えたんだ?




