表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/38

「今宵のむーたんは血に飢えてるぜ」

 整備された街道をしばらく歩くと、大きな都市が見えてくる。

 いくつものハニカム構造が折り重なった結界に覆われた都市。内部には白亜の巨塔がいくつも立ち並び、統一された美しさを見せた。


「わあ……」


 桜が声を上げるのも分かる。大陸で最も洗練された都市の名は伊達ではない。

 魔皇国グリモワール。魔術研究の中心地にして、先端魔術の発信拠点だ。


「すごいね、とても綺麗。あの真ん中にある大きな塔って何かな?」

「あれが魔国のシンボル、森羅の塔だ。魔国でも選りすぐりの魔術士が集う最先端の魔術研究施設。森羅万象をも観測してみせる、と謳っている」

「行ってみたい!」

「観光施設じゃないんだ。入るのは難しいぞ」

「ええー……」


 恨めしそうな目で見られても私にはどうにもできないよ。


 街へと通ずる陸橋を渡ると、結界の境界にある検問所にたどり着いた。

 ゲートのような装置を、旅人がウォークスルーで抜けていく。検問所の役割を為していないようにも見えるが、あの装置こそが魔国における鉄壁の門番だ。


「魔国では独自の入国審査をしていて、検閲所を渡る時に魔力波長を計測するんだ。問題ある波長だった場合、結界が収束して入国を拒絶されるシステム。でもな、ここで困ったことが起こるんだよ」

「ん、何かまずいの?」

「私の魂にはウロボロスがいる。一人の二種類の魔力波長、それも片方は神獣種だ。そんなもの計測しようものなら莫大な魔力量を検出して、計測器がぶっ壊れる。というかぶっ壊した」


 初めて魔国を訪れた時のことだった。

 まだ7歳だった私が計測器をぶっ壊したことで、検問所は大パニックに陥った。神獣種が検問所を突き破ったなんて噂が飛び交い、プロの魔術士まで出払ってきた程だ。


「ちょっとした魔術戦なんかも繰り広げたぞ。信じられるか? 7歳の女の子に対して、プロの魔術士が束になってかかってきたんだ」

「それでそれで、どっちが勝ったの?」

「私」

「7歳大勝利かー……」


 まあ、これでも勇者だからね。

 ちなみにその一件以来、私は魔国の魔術士に恐れられている。ごめんて。


「まあ、そんなわけだから。また計測器ぶっ壊しても悪いし、私たちは別口から行こう」

「はいはいはい! 魔力計測やってみたいです!」

「だから神獣飼ってるとぶっ壊れるんだって」


 桜の正体は不明だが、自己申告によると私と同じく勇者の可能性がある。

 実は、それを調べるのも魔国を訪れた目的の一つだ。


 桜を連れて詰所に行くと、真っ昼間から居眠りをこいている魔術士が一人。

 存分に安寧と惰眠を貪ってらっしゃった。


「おい、おい、起きろ」

「ん……。ああ、なんだ……? 旅人ならあそこのゲートを通ってくれ」

「通ってもいいが、またぶっ壊すぞ」

「そんなゲートをぶっ壊すなんて、あの“七災”じゃあるまいし……」

「私の顔を忘れたか」


 そこで魔術士は大きなあくびを一つ。目をこすり、大きく伸びをする。

 ぱちくりと瞬いた目が、私に焦点を合わせた。


「……“七災”!? まさか、貴様、ノア・スカーレットか!」

「もう七災じゃないぞ」

「白衣の悪魔め……! 一体何をしに来た! 誕生日おめでとう!」

「ありがとう。入国を頼む」

「承りました。少々お待ちください」


 普通に頼むと、普通に仕事モードに入った。

 中々に面白いあんちゃんだった。助かるよ。


「ちょっと魔術使うからなー。手出してくれ」


 言われたままに手を出すと、魔術士が私の手の甲に紋様をなぞる。

 刻印魔術か。ゲートの代わりに、これで管理するらしい。


「痛いの痛いのとんでけー」

「別にどこも痛くないが」

「なあ、アメ食うか? ケチャップ味とマヨネーズ味、どっちが良い?」

「お前私のこと子供扱いして――なんだそのアメ。ちょっと気になる」

「ほれよ、持ってけ」


 両方とも貰ってしまった。わーい。後で桜と食べよう。


「で、この人も入国したいんだが」


 物珍しそうにキョロキョロとしている桜を指差す。


「ああ、だったら普通にゲートをくぐってくれ」

「良いのか? ぶっ壊れるぞ?」

「俺たちのゲートをぶっ壊せるのは、八災の嬢ちゃんだけだぜ」


 魔術士はパチンとウィンクをかます。妙にいいキャラしてやがった。


「あいつな、私と同じで勇者の疑いがある」

「これマジ?」

「魂に神獣飼ってる疑惑がある。念の為調べてほしい」

「了解した。ちょっと待ってろ」


 魔術士の兄ちゃんは通信鏡を使い、何処かへと連絡を取る。この場ですぐに検査、とはいかないらしい。


「森羅の塔から応援を呼んだ。これから簡単な検査をして、問題がなければ波長を登録して入国という手続きになる。良いか?」

「簡単な検査の詳細を教えてくれ」

「全128項目からなる魔力波長観測実験だ。勇者級のデータは喉から手が出るほど欲しいからな。八災、君も受ける気は無いか?」

「超簡単な検査にしてくれ、と要望があったと伝えろ」

「……ケチ」


 魔国の魔術士というのは、どいつもこいつもデータに飢えている。私も以前に計測器をぶっ壊した時、ついでとばかりにあれこれと協力させられた。

 いちいち付き合っていたら、入国する頃には日が暮れてしまう。流石にそれはやってられない。


 待っている間、備え付けのベンチに腰掛けてアメを舐める。桜は迷いに迷った結果、マヨネーズ味を選んだ。

 ケチャップアメの絶妙な塩気に顔をしかめていると、桜はゲートをじっと見ていた。


「私も、ゲート壊してみたかったなぁ」


 危ないことを呟いていた。


「あのゲートを斬ったら魔術士と戦えるんでしょ? ねえノアちゃん、斬っていい?」

「ダメ」

「だよねぇ」


 大変好戦的だった。良識はあるんだけど、桜はたまにすごいことを言い出す。

 桜が血気にはやったら私が止めよう。私はいつかの誓いを思い出した。


「……桜。どうしても我慢できなくなったら、私が相手するからな」

「え、え、え。どういう意味?」

「体がうずいて仕方ないんだろ。大丈夫だ、私も心得はある」

「どういう意味なの!? ねえ、ちょっと!?」


 言わなくても分かってる。戦の心得があるものとして、戦うことはアイデンティティそのものなのだろう。

 あれだけの剣術を持つ桜だ。より強いものと戦いたいという欲求は、あって然るべきだった。


「違うの……。ノアちゃんは私を誤解してるよ」

「違うのか?」

「私はただ、天斬寺流剣術がこの世界でも最強だってことを証明したいだけで。本当は心優しい少女なんだよ」

「心優しい少女は最強を証明したがらない」

「へへへ。今宵のむーたんは血に飢えてるぜ」


 桜は言い訳を諦めた。素直に楽観的なバトルジャンキーだった。


「染み付いた技術は決して裏切らない。積み重ねたものがどこまで通じるか、試さないと気がすまない。ね、ノアちゃんだってそうじゃない?」

「私はむしろ力を捨てたいんだって」

「力と技術は別物だよ。勇者の力は与えられたものでも、癒術士の技術は積み重ねたものでしょう? それは譲れないし、譲らないし、譲っちゃいけないものだよ」


 それは……。まあ、そうかもしれない。

 私は癒術士であり、勇者でもあるが、どちらか一つを選べと言うなら癒術士であることを選ぶ。

 たとえ勇者が唯一無二の存在で、癒術士がありふれたものだとしても。私が望む姿は癒術士だ。


「だとしても、やっぱり私は違うかな」

「そうなの?」

「救華の癒術士は理想を追わない。自分を証明するために救っちゃいけない。必要だから救うんだ」


 癒術士の価値は死亡率の統計で計れる。私たちの存在証明はどこまでも数字だ。

 奉仕だとか、献身だとか、そんな曖昧なものはもっての外だ。真心や笑顔なんてものを向ける暇があるのなら、より数字が改善される行動を選ぶべきだ。


「求めるのは現実だ。私たちの魂は、どこまで効率的に人を救えるかを突き詰めるかに宿る」

「温もりが足りない」

「いいんだよ、救うことのほうが大事だから」

「でも、ノアちゃんらしいよ」

「よく言われる」


 塩っぽいアメも溶けて、少しお腹も空いてきた。

 そろそろ入国できないかな、と、私たちはのんびり待ち続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ