「ほんとに? もういじめない?」
焚き火の温もりにあたりながら、文を綴る。
我ながら堅苦しい文章に苦笑する。こればかりは性分だ。
「ノアちゃーん、何書いてるのー?」
切り株に座って夜空を見上げていた桜が、思い出したように声を上げた。
「手紙だ」
「おお、紙とペンで文を綴っている」
「そんなに感動することか?」
「私はスマホでSNSな世代の人だからねー」
「へえ、どういうものなんだ?」
これがスマホ、と桜はポケットから黒い板を取り出す。
表面がつるつるとした板だ。触っても何も反応を示さない。
よくわからないが、桜はこれを使って遠隔のやり取りを成し遂げるらしい。どんな魔術だそれは。
「こっちに来てから反応しないんだよねぇ。電池ももう無いし、壊れちゃったのかな」
残念そうに呟いて、桜はスマホをポケットにしまった。
壊れていても捨てるつもりは無いらしい。大事なものなのだろう。
(…………)
綴っていた手紙に目を戻す。
悩んでいるのは、魔王のことだ。
4月に私が打ち倒したあの魔王は、5月に再び姿を見せた。
以前とまるで変わらない姿で語るだけ語り、何もしないで消えた。
そう、あいつは何もしていない。何もできないはずだ。
因果律から追放され、何も出来ないと言っていた。垣間見せた魔導なる技術も、何一つ事象を変化させずに揺らいで消えた。
私の勇者センサーも反応せず、互いの攻撃は空費されたのみ。
ただ姿を見せて、言葉を交わした。それだけだ。
「ひょっとしたら、幻覚だったのかもな……」
「およ? 何が?」
「先月会った黒い男、覚えてるか?」
「あー。あのスーツの人ね。黒服なんて私、アニメでしか見たことなかったよ」
あいつが着ていた、ぴっちりとした黒い服。桜はそれにも見覚えがあるようだった。
奇妙なところで符号がつながる。それに違和感を覚えながらも、それ以上に気になったことを指摘する。
「桜、通じない言葉使うの禁止にしよう」
「アニメは世界の共通言語です」
「そっちの世界ではそうかもな」
「だったら異世界文化侵略だ! ジャパニメーションの業火で焼き尽くしてくれよう!」
桜が燃えていた。まあ、うん。楽しそうで何より。
結局私は、魔王のことについて記さなかった。
語るには謎が多すぎる。華王様に報告できる程度に情報を纏めてから、また手紙を送ろう。
最後に結びの文を綴り、封をする。
「御影、カモン」
「しゅたっ」
わざわざ口で効果音を鳴らし、御影が現れた。
一瞬前までここには居なかった御影が、突如として現れた。
「……なんでここに居る」
「あるじさまが、よんだからでは?」
「そりゃそうだけど」
御影なら来るかな、と思って呼んでみたら本当に来た。
かくいう私も結構驚いている。御影は今、エリクシルに居るはずだ。
「あるじさま。ぶんしん、3ふんで、とけちゃうから。おはやめにおめしあがりください」
「分身? ああ、なるほど。遠隔で分身を飛ばしてるのか。魔力は感じないが……。どういう仕組みなんだ、これ」
御影の分身をぺたぺたと触ると、御影は露骨に嫌がった。
「あるじさまー! やーの! ぶんせきしたら、やーなの!」
「ちょっとだけ、ちょっとだけだから。ちょっと魔力回路繋がせてよ」
「さくらさまー! たっけてー!」
「仲いいねえ」
桜は夜空を見上げたまま、にへらと笑った。介入する気はないらしい。
本気で嫌がる御影を仕方なく解放してやると、ちょっと涙目でうずくまった。
「しのびのわざは、もんがいふしゅつなのです……。おししょうさま。たとえけがされようと、みかげは、いちぞくのほこりをまもりぬきます」
「汚さない汚さない」
「ほんとに? もういじめない?」
「いじめる」
「……! わるいひとだ!」
御影の忠誠度がちょっと下がった。ごめんて。
「……あるじさまは、みかげをもてあそぶために、およびあそばされたのでしょうか」
「ああ、ごめんごめん。頼みたいことがあるんだ」
「えいぎょうじかん、あといっぷん」
はりーはりー、と急かす御影に手紙を渡した。
「それ、華王様まで届けてほしい」
「いさいしょうち」
「……ちゃんと届けろよ。華王様に会ったら、すぐに渡すんだぞ」
「がってんしょうちのすけ」
言い切る御影に一抹の不安を覚える。こいつ、本当にちゃんと渡してくれるかな……。
何もかもが終わった後に重要な手紙を渡すなんて、ウルトラCを決めてくれただけに、どうも信用できなかった。
「それではせっしゃは、これにてどろんします」
「あー、そうだ。あともう一個」
「もう、じかんないよ?」
小首をかしげる御影に、良いから良いからと手を伸ばす。
ちょっとだけ警戒しながらも近寄ってきた御影の頭を撫でて、耳元で一言。
「ありがとな」
「……えへへ」
そして御影は、私の目の前で煙となって消えた。
相変わらず唐突に現れて、唐突に帰っていくやつだった。
「ノアちゃんノアちゃん」
「? 桜、どうした?」
「私の国では、ノアちゃんみたいなのをスケコマシと言う」
「へえ、どういう意味なんだ?」
桜は質問には答えず、唇に人差し指を添えて片目を閉じる。
「内緒です」
「なんだよ、教えろよ」
「相棒、あんまりやりすぎるといつか刺されるぜい」
「お、おう……」
桜は芝居がかった口調で言うと、焚き火に割った木の枝を放り込んだ。
夜も更けてきた頃合いだ。明日もまだ歩かなければいけない、そろそろ寝よう。
「目的地、そろそろだっけ」
「ああ。明日には着くだろう」
「どんな場所なんだろー。楽しみだね」
空間魔術で持ち運んでいたテントに潜り込んで、念のために結界を展開。
多少魔術の心得があれば、旅中の便は格段に上がる。寝ずの番も必要ない。
「これから行くのは、多くの知識が蓄えられた学術都市だ。きっと桜が元の世界に戻る方法も見つかるさ」
「ええー。そんなのいいのに」
「戻るかどうかは別にして、戻り方は知っておいたほうが良い。だろ?」
「私はノアちゃんと一緒に旅ができたら、それで十分だよう」
だって楽しいし、なんて桜は言う。相変わらずの楽観屋だった。
もうちょっとこれからのことも考えてほしいけど。楽しいなら、まあいっか。
「おやすみ、ノアちゃん」
「おやすみ、桜」
おやすみを言うも束の間、すぐに寝息が聞こえてくる。
相変わらず寝入りが良い、なんて感想を浮かべて、私も追って目を閉じた。




