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「練習すれば誰でも出来るよ?」

 宣言通り(?)御影はさっさと帰った。

 山中を歩くのは、私と桜の二人だけ。まだ雪がちらちらと見える街道を並んで歩く。


「これからどこ行くの?」

「そうだなぁ……。まずは隣国から見ていこうかと思う。魔王について情報を集めたい」

「まずは情報集めかぁ。ネットで一発、とは行かないもんね」


 桜はスカートのポケットから、小さな板のようなものを取り出した。

 それを指でぺしぺしとなぞっているが、板は何を起こすということもない。


「やっぱ使えないかー。電池切れってわけじゃなさそうだけど……」

「なんだそれ?」

「スマホ。女子高生のマストアイテム」

「……なんだそれ?」


 気にしなくていいよ、と桜は笑う。

 ポケットの中にスマホなるものを放り込むと、それきり取り出そうとはしなかった。


「美味しいものあるかなぁ」

「そういや、終わったらなんか食べるって話してたっけか」

「そうだった。ねえねえ、味噌煮込みうどん食べたい」

「エリクシルにはあったが……。これから行く国にあるかな」


 あの国には何度か行ったことはあるが、ゆっくりと観光したことは無かった。

 まあ、いい機会だ。向こうについたら情報収集がてら観光といこうか。


「にしても平和だねぇ。こういう山の中だと、野犬の群れや山賊なんかに出くわしそうなもんだけど」

「野犬はともかく、この辺に山賊は居ないぞ。山賊に落ちぶれそうな奴は救華が保護するし、それでも落ちぶれたら騎士団が駆逐する」

「治安が良いタイプの異世界だ……」


 まあ、ここまでやっているのはうちの国だけだと思う。

 他の国の社会保障はここまで充実していないし、社会落伍者は野盗となって旅人を襲うとも言う。ひょっとしたら、旅の中で出会うことにもなるかもしれない。


「ま、野犬が出ても任せてよ。桜おねーさんがずばーっとやっつけちゃうからね!」

「桜。無益な殺生、よくない」

「良い子ちゃんだ」

「出くわしても傷つけず、威嚇だけして逃がすんだ。いいな?」

「分かったよ。でも、非殺傷の技はあんまり練習してないんだよねぇ……」


 殺しの技に精通する女子高生・天斬寺桜。

 言葉の節々から彼女の育ってきた環境を察する。ニホンという国はよっぽど物騒だったのだろう。


「そういや桜。桜の剣術って独特だよな」

「おっと、天斬寺流剣術に興味がおありかな?」

「ああ。あんなに……、こう、何ていうんだろ。人間らしくない動きはなかなか見ない」

「人間らしくないって言われた……」


 桜は少し凹んでいた。ごめんて。

 しかし、凍狼との戦いで見せた技の一つ一つは、凄まじいほどの冴えを見せていた。エリクシルの騎士団でもあれほどの使い手はいないだろう。


「天斬寺流剣術には2つの流派があるの。源流の星夜天斬流と、分派の極星斬魔流。私は星夜天斬流の継承者なんだけど、得意なのは極星斬魔流の方かなぁ」

「継承者? なんだそりゃ」

「星夜天斬流は成り立ちが特殊な剣術で、継承者以外には広めちゃいけないらしいよ。だからこの剣術を使えるのは、お爺ちゃんと私だけって言ってた」


 なんで広めちゃいけないかは忘れた。桜は笑顔でそう言い切った。

 そのたった一人の継承者はこの世界に来ちゃったけど、大丈夫なんだろうか。少し心配になる。


「星を斬り、夜を斬り、天を斬る。その一点のみを目的として、今なお開発が進められているのが星夜天斬流。その名の通り、天にまたたく夜の星を斬り捨てるための剣術だよ」

「星を斬る……。そんなことできるのか?」

「まだできない。だから何代にも渡って、少しずつ改良を進めてきたんだ」


 まるで荒唐無稽な話。しかし、桜に冗談を言っている様子はない。


「で、そんな星夜天斬流をマイルドにして使いやすくしたのが極星斬魔流。こっちはガチガチの戦闘用流派だね。私はこっちのほうが好き」

「マイルドに使いやすくって、あれでも十分人間業じゃなかったけどな……」

「あれくらいなら練習すれば誰でも出来るよ?」


 絶対ムリだ。少なくとも私には無理だ。

 いや、しかし、ニホン人ならできるのかもしれない。私はニホンという国の底知れなさに、静かに戦慄した。


「極星斬魔流は殺して殺して殺し回るための流派だから。人だろうと、獣だろうと、鬼だろうと、龍だろうと。星以外ならなんでも斬るのが、極星斬魔流。だから殺さないようにするのはちょっと苦手なんだよね」

「――殺したこと、あるのか?」

「獣と鬼ならあるよ。龍はまだ。人は斬らない」

「なんでだ?」

「最初に斬るのは俺にしろーって、お爺ちゃんがうるさくて……。あ、私のお爺ちゃんが先代の星夜天斬流継承者で、私の師匠なんだ。でもさすがに、お爺ちゃんを斬るのはちょっとなぁ」


 この子、ちょっと、倫理観が希薄だった。

 いや、ニホンではこれが当然なのかもしれない。鬼なるものも居るらしいし、つくづく物騒な国だ。

 あまりこちらの常識を押し付けるのも良くない。でも、桜が血気にはやったら私が止めよう。私はそう決意した。


「桜が使ったあの魔法は?」

「あれが星夜天斬流の星を斬る技だよ。まだ未完成だったし、向こうじゃいくらやっても大したものは斬れなかったけど……。なんでだろう」


 少し、桜は考え込む。


「声が、したんだ」

「声……」

「不思議な声がして、斬りたいかって聞かれたの。私はそれに頷いた。そしたら不思議と力湧いてきて、使ってみたら斬れちゃった」


 その現象には覚えがある。

 何者かの声がして、力が与えられて、魔法が使えるようになる。

 それは――。まるで。


「私も、ノアちゃんと同じなのかな」

「……かもしれないな」


 桜も私と同じで、魂を神獣と接続しているのかもしれない。

 だとしたら。桜も、神獣に選ばれた勇者ということになる。


「お揃いだね」

「嫌なお揃いだなぁ……」


 私と同じく勇者の力に呪われているかもしれないのに。桜は妙に嬉しそうだった。


「そういやその竹刀ってやつも不思議だよな」

「あ、これ? ほうほう、これに目をつけるとはお目が高いですな」


 桜は嬉しそうに、竹刀袋から竹刀を抜く。

 変哲のない模造剣のようにも見える。が、それはあの戦いの中で、黒白の刃を見せた。


「実はこれもただの竹刀じゃなくってね。変形竹刀って言って、振り方次第で仕込み刃が出てくるの。しかも二種類」


 黒刃と、白刃。

 私の目の前で、桜はスパスパっと刃を切り替える。


「カラクリ剣か。良い品物だな」

「でしょー。高かったんだ、これ」

「高かった? 買ったのか?」

「うん。通販で7980円ななきゅっぱ。物価で言うと、大体二泊分くらいかな」


 量産品だった。

 しかも、その気になれば手が届くお値段だった。値段を聞くとこう、チープというか、実はそれオモチャなんじゃないかとすら思えてくる。


「品名は『村正 ~MURAMASA 2000 MILLENNIUM EDITION~』。フィギュアトイズが生み出した名刀の再販モデルなのです!」

「なあそれ、ぶっちゃけオモチャだよな」

「? そうだよ?」


 桜は当然のように認めた。

 ……いや、まあ、なんだろう。名工は槌を選ばないとは言うが、オモチャで神獣に立ち向かう人間がいるとは流石に思わないよね。


「桜。街についたら武器屋に行こう」

「えー、いらないよー。むーたんがあれば、大体のものは斬れるし」

「名前までつけてる……」


 色んな意味で相変わらずな桜に、私は頭を抑える。

 もういいや。桜がそれでいいなら、いいと思った。

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