表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/38

「これにて、みっしょんこんぷりーと」

 まとめるほどの荷物も無く、旅立ちの用意は身軽に終わった。

 必要なものは空間魔術の中に一通り放り込んである。重たい荷物を背負うのは趣味じゃない。


「ビスク、いるか?」


 教会の執務室をノックする。何度も話し合ったこの場所も、訪れるのはこれが最後だろう。


「癒術士様、目を覚まされたのですね。お体の調子はいかがでしょうか?」

「問題ない」


 快調ではないが、問題はない。

 魂に受けた負荷は一日二日で癒えるものではないが、勇者の力さえ使わなければそのうち回復するだろう。


「村の様子はどうだ?」

「皆様大事無くいらっしゃいますよ。残雪の除去に苦労しているようですが、この陽気です。近いうちに終わるでしょう」

「そうか。雪解け水が大量に出るだろうから気をつけろよ。救華に連絡を取って、しばらくは保護して貰ったほうがいい」


 あの天下無敵の癒術士集団が来れば、この辺りはまるごと残さず救いつくされるだろう。

 復興だなんて生ぬるいくらい完膚なきまでに事態は終わる。後のことは、あいつらに任せよう。


「此度の件、誠にありがとうございました。癒術士様のお力添えがなければ、きっとこの村は無くなっていたことでしょう」

「あー、いいっていいって。無事で良かったよ」


 改めて頭を下げるビスクに、ひらひらと手を振る。

 そういうのは柄じゃないんだ、やめてくれ。


「よろしければ宴席を設けさせていただきますので、心ばかりですが是非……」

「あほか」


 真面目な顔でそんなことを言うビスクに、手刀を入れる。


「大変なのはこっからだろ。無駄なことに物資を使ってんじゃない」

「ですが……」

「救うことだけ考えろ」


 救華の理念を改めて告げる。

 それだけでいいんだよ、私たちは。ただ救って、救って、救い続ける。

 救華ってのはそのための組織だ。


「じゃ、そんなわけで私は行くから」

「行くって、どちらに?」

「内緒だ。密告されちゃ困るからな」


 茶目っ気を込めて、にやりと笑う。


「そういや言ってなかったけど。私、実は救華に追われる身なんだよ」

「は……は?」

「だから私の行き先は内緒ってことにしといてくれ。頼むぜ」


 白衣を翻して踵を返す。

 一応口封じはしたが、厳密に守られることは期待していない。救華に追いつかれるまで少しでも時間が稼げれば、それでいい。


「解決するだけ解決して、謝礼も求めず、その足で立ち去る。あなたはヒーローか何かですか……」

「かっこいいだろ?」

「それを言わなければ、もっとかっこよかったですよ」


 肩をすくめる。知ってるよ。

 なおも頭を下げるビスクをこそばゆく思いながら、私は執務室を後にした。



 *****



 早朝。少し溶け始めた硬い雪を踏んで、朝もやの村を立ち去る。


「ノアちゃん。村の人とお別れしなくてもいいの?」

「吹雪が止んでしばらく立つ。いつ救華が来てもおかしくないだろ、のんびりしてる暇は無い」


 そんなわけで、荷物をまとめてさっさと村を発つことにした。

 こんな時間でも起きているのは、それこそビスクくらいのものだろう。


「あいつらに捕まると面倒だからなぁ。ったく、過保護なんだよ。私は勇者だぞ」

「気持ちはわかるなぁ。あんまり無茶しちゃだめだよ、ノアちゃん」

「無茶しなきゃ死ぬだろ」


 そう言うと、桜は少し複雑な顔をしていた。

 これくらいの無茶なんていつものこと。別に今更、どうってことはない。


「そういえば御影ちゃんは?」

「置いてく」

「即決だ。それも断言だ」


 いやだって、御影だぞ。神出鬼没の権化にして、自由の意味を履き違えた無法者だぞ。

 ついてこいと言ったところで来るかどうか怪しいし、ついてくるなと言っても勝手についてくる。あれはそういうやつだ。


「あるじさま、ひどい。みかげはこんなにも、あるじさまをおしたいしてるのに」

「な? 勝手に来ただろ?」

「むー……。あるじさまが、しおたいおうで、つらたん。でも、そんなところも、すこすこ」


 唐突に現れた御影は、よくわからない言葉を使った。

 意味はわからないけれど、別にわかりたいとも思わなかった。


「御影ちゃん、おはよー」

「さくらさま。おはようございます」

「御影ちゃんも一緒に来る?」

「いけたらいくわ」

「それ絶対来ないやつだよね」


 なぜだか知らないが、桜は御影語を絶妙に理解していた。

 ともあれ来る気は無いらしい。今日の御影はそんな気分。好きにしてくれ。


「あ、そういえば、これ」


 御影が取り出したのは一枚の手紙。

 華王様の印が押されたそれを見て、私は静かに表情を凍らせた。


「これにて、みっしょんこんぷりーと」

「御影……。まさか、最初からこれ渡すために来たのか」

「せやで。すっかりわすれてた」

「お前な」


 中身にぱらぱらと目を通し、私は頭を抑える。

 あー……。ったく、もう。あの紅茶王め。何もかも手のひらの上かよ。


「はぁ……。行くぞ、桜」

「なんて書いてあったの?」

「……いってらっしゃい、ってよ」


 エリクシルの方角の空を見上げる。

 行ってきます。お世話になりました。また、お会いしましょう。

 胸の内でそう呟いて、私は少しの笑みをもらした。


「いじゅつしさまー!」


 村の中から元気な声が聞こえて振り向く。

 村の出口でぶんぶんと手を振るのは、あの吹雪の夜に死にかけていた少女だ。その隣で、ビスクがぺこりと頭を下げる。


「ありがとー! ございましたー!!」


 手を振る少女に柔らかく微笑んで、私もまた手を振り返す。

 全てが終わったその時は、ただの癒術士としてこの国に帰ってこよう。

 新緑の息吹を伝える風が吹き抜ける中。私は、いつかの帰国を心に誓った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ