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「ねむいから、ねていい?」

 で、この子誰なの。

 桜からのある意味当然な追求に、私は晒されていた。


「そうだな……。少し面倒な話になるんだが」


 スツールに腰掛ける私の膝に、御影は当然のように座っていた。

 座るのは良いんだけど、私もそんなに体が大きい方ではない。前が見えなかった。


「数ヶ月前にこの辺りで奇病が流行ったんだ。ビスクは知ってるだろ」

「ええ……。当時は大変でしたね。この村でも病人が多く出て、街へと助けを求めました」


 ここはまだエリクシルに近いから助けを呼べたのだろう。

 だが、御影の住んでいた里ではそうはいかなかった。


「御影は元々、山奥にある隠れ里に暮らしてたんだ。排他的な里でな。病で人が次々と倒れても、最後まで救華に助けを求めようとはしなかった」


 あの頃は本当に酷かった。感染は止めどなく広がり、千人を超える被害者が出た。

 私が御影の里を見つけたのも、治療のために村々を渡り歩いていた時のことだ。


「私が隠れ里を見つけたときには、生き残りはもうこの子しかいなかったんだ。病に冒されていた御影を治療して、エリクシルに連れ帰ったのが出会いになる」

「うんめいだったね」

「……そんな素敵なもんじゃないけどな」


 猫のようにすり寄る御影の頭を撫でる。だから御影、この姿勢で無理なことしないで。ノアさんはいっぱいいっぱいだよ。


「で、孤児院に預けるつもりだったんだけどな。なんか知らんけど懐かれて」

「なつきました」

「私が行く先々、どんな手を使ってでも現れるようになった」

「なったのです」


 そうしてスーパーストーカーこと、御影ちゃんが生まれたわけだ。

 ざっと説明すると、そんな感じ。


「……はい、御影ちゃん。質問です」

「どんとこい」


 挙手する桜に、抑揚なく御影は答える。


「御影ちゃんいくつ?」

「ななさい」

「ここまでどうやって来たの?」

「がんばったの。すっごく」

「ねえノアちゃん。この世界の幼女って、みんなこうなの?」

「どういう意味だ、おい」


 あと幼女って言うな。私は勇者だ。

 まあ、ぶっちゃけ御影も大分おかしい。どこの世界に吹雪の山中を単身踏破する七歳児がいるんだ。

 私と出会う前のことは絶対に話そうとしないし、多分その辺に御影の秘密があるんだろう。


「それよりもだ。御影、本当に良いところに来た」

「いつもあなたのおそばに」


 にこにこと気分良く御影はすり寄る。そんな御影の頭を撫でながら、私は続けた。


「探査術式は使えるか? 通信術式でもいい。この山に、数日間吹雪を維持できるほど莫大な魔力を持つ何者かがいるはずだ。それを探して欲しい」

「それなら、ここに」

「私以外で」

「……こっちも?」


 御影は私、桜を順に指さした。

 それに私は苦笑する。桜は小首をかしげていた。


「でも、あるじさまとおなじくらい、でっかいの。ちかくにいるよ。ずっとないてる」

「……なるほど。場所は分かるか?」

「あっち」


 御影が躊躇うこと無く指さしたのは、山頂の方角。

 なるほど、件の元凶はあそこにいるらしい。


「上出来だ、御影。偉いぞ」

「もっとほめるのです」

「……で、御影。今魔術使ってないよな。どうやって調べたんだ」


 そう問うと、御影は笑顔をぴしりと固めた。

 私がじっと目を見ると、御影はあからさまに狼狽していた。


「あるじさまぁ……」

「なあ、御影。今どうやって調べたか、教えてくれるか」

「しのびのわざは、もんがいふしゅつなのです……」


 御影は自分のことを話したがらない。こういうことを聞くと、すぐにしょんぼりしてしまう。

 色々と謎の多いストーカーだった。


「まあ……。そういうわけだ」

「どういうわけかさっぱりだよ」


 桜は変わらず小首をかしげていた。

 いやまあ、そういう反応にもなるだろう。突然屋根裏からストーカーが現れて、私たちが今一番必要としている情報をくれたら、これが正常な反応だ。


「あるじさま。みかげはつかれました」

「ああ、お疲れ。わざわざこんなところまでありがとうな」

「ねむいから、ねていい?」

「めっちゃ唐突」

「おやすみなさーい」


 そしてそのまま、御影は私の腕の中で眠り付いた。

 自由か、お前は。


「ノアちゃん。どういうわけかさっぱりだよ」

「安心しろ。私にも分からん」


 桜は二度繰り返した。私は桜と顔を見合わせて、首を振った。

 御影が自由すぎて、色々とついていけなかった。

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