ノーラとアシュトンの結婚生活
本日コミカライズ7巻が発売となりました!
こちらはその発売記念短編となっています。
私、ノーラはエナンセア公爵家の令嬢である。
そして、今からおよそ一年ほど前に──第七王子のアシュトンと結婚式を挙げ、晴れて王太子妃となった。
とはいえ、私の日常は変わっていない。
大好きなロマンス小説を読んだり、たまには冒険者として魔物を狩ったり……悠々自適な生活を送っていた。
そんな私ではあるが、最近気になっていることがある。
「ねえライマー、屋敷の庭についてなんだけど……」
「……っ!」
屋敷の廊下を歩くライマーに話しかけると、彼は露骨に驚いて、走り去ってしまった。
「ちょっと、なによー」
庭で育てている花について、ライマーに意見を聞きたかったのに……。
「まあいっか。あっ、カスペルさん。カスペルさんは……」
「ノーラ様、おはようございます。すみませんが、私は忙しいので話は別日に……」
今度はカスペルさんを見つけて同じように声をかけるが、やっぱり彼も私からそそくさと離れていく。
まただ──。
最近、妙にみんなの反応がよそよそしい。
アシュトンにも問いただしたいけど、彼は最近忙しいらしく、なかなか家に帰ってこないし……。
「私、嫌われているのかしら」
しょんぼりと肩を落とす。
だけどみんなも、たまたま忙しいだけなのかもしれない。
もしくは、アシュトンの妻である私にどう接していいか、分からなくなっているのか。
「でも、もうアシュトンと結婚してから一年が経とうとしているのよ? 今更、そんなことを思うのかしら」
ぶつぶつと自問自答するが、考えても答えは出そうにない。こういうのは時間を置けば、自然と解決するはず。
前向きに考えて、私はその場を後にした。
──疑問が解決したのは、三日後のことである。
自室でロマンス小説を読んでいるとリリヤに呼ばれて、私は食堂に向かった。
「一体なんなのかしら。みんなはもう待っていると言ってたけど……」
首を傾げながら食堂の扉を変えると、軽快な音が鼓膜を震わせた。
パーン!
「「結婚記念日、おめでとうございます!」」
ライマーとカスペルさんがクラッカーを手に持ち、笑顔でそう言ってくれた。
え……なに?
よくよく見ると、テーブルにはいつもより豪勢な料理が並べられている。
こんなこと、今までなかったのに。
混乱の最中、食堂の奥からアシュトンが歩み寄ってきた。
彼の両手には花束が抱えられていた。
「……俺はこんなこと、しなくてもいいと伝えていたんだがな。とはいえ、この一年──何事もなく……いや、ちょっとはあったかもしれないが、無事に結婚記念日を迎えられた今日が、特別な日であることには変わりない」
そう言って、アシュトンは私の前に花束を差し出す。
「ノーラ、君と結婚してから、この一年を過ごせた。これは俺からの感謝の印だ。受け取ってくれ」
「──っ!」
突然の出来事に、私は嬉しさで言葉を失ってしまう。
そっか……今日は結婚記念日だったのね。
どうでもよかったわけではないけど、毎日が楽しすぎて、つい頭から抜け落ちてしまっていた。
「もしかして、最近みんながよそよそしかったのも、これが原因かしら?」
花束を受け取って、私はみんなを眺めた。
「ええ、心苦しかったですがね。ですが、ノーラ様にサプライズを送りたくて……悩んだ結果、このような形になりました。すみません」
とカスペルさんは頭を下げ。
「オ、オレは反対したんだ。こんなまどろっこしい真似をしなくても、素直に祝えばいいんじゃないか……って。まあ、お前の驚く顔も見れたし、よかたって思ってるがな」
ライマーはちょっと照れくさそうに、鼻下を擦った。
ふふっ、みんなはこのために準備を頑張ってくれたのね。
驚いたのもあるが、何日も前から密かに準備を進めてくれたみんなに、心から感謝した。
「みんな──ありがとう! さあ、今日は食べるわよー。お腹ペコペコなのよ」
と意気込んで、料理に手をつけると。
「み、みなさま!」
慌てた様子で、メイドのリリヤが食堂に駆け込んできた。
「あら、リリヤ。あなた、どこ行ってたの?」
「私は料理の準備を手伝っていまして……って、そんなことより大変です。聞いてください!」
リリヤの切羽詰まった様子に、みんなの視線が自然と鋭くなる。
「街の外に魔物の大群が確認されました。魔物たちはこの街を目指しており……あと数分で辿り着くとのことです」
魔物の大群……最近は私も定期的に魔物を狩っているから、そういうことは起こらないと思っていたけどね。
しかし魔物の行動を、人間は完全に読めない。今みたいに魔物たちが突如、活発になり街に押し寄せてくることもあった。
「アシュトン……」
「ああ」
アシュトンに目配せすると、彼はにやりと笑って。
「せっかくの結婚記念パーティーだが……ひとまず中止だ。まずは魔物を片付けなければならない」
「魔物も空気読めないよなー。今日くらいは休んでくれていいのに」
「そう言っても仕方ありません。私も戦います。早く片付けて、パーティーの続きをやりましょう」
ライマーとカスペルさんもそう言って、やる気満々のようだった。
「ええ、行きましょう! 料理が冷めないうちに、魔物を全滅させるのよ!」
もちろん、屋敷に閉じこもっているだけの柔な令嬢ではないので、私もそう声を大にする。
私の言ったことに誰も反対せず、少し楽しそうに頷いた。
……慌ただしい結婚記念日になっちゃったわ。
だけど、こういうのも私たちらしいんじゃないかしら。
私は花束の代わりに剣を取って、魔物のもとへ急ぐのであった。
おかげさまで、鏡ユーマ先生によるコミカライズ7巻が本日発売となりました(電子版のみとなります)!
堂々の最終巻です。
「話が違う!」から始まったノーラとアシュトンのストーリー。ぜひ最後までご覧になってくださいませ。




