79・ありがとう
あとがきに大切なお知らせがあります。
──私とアシュトンはジョレットを出て、王都に足を踏み入れていた。
「ここね」
とあるお墓の前で足を止めた。
ここは王都でもかなり外れになる場所。
雑草も伸ばし放題で、ろくに手入れされていないことが分かる。普通の人なら寄り付こうとすらしないでしょうね。私も、王都にこんなところがあるだなんて知らなかったし……。
そこにひっそりと佇む墓石は所々欠けていた。
墓石に書かれている文字も掠れているせいで、ちょっと読みにくいけど……確かにこう名前が刻まれている。
『第七王子アーノルド ここに眠る』
「処刑されたとはいえ、こうして墓が残っていてよかったな。そのおかげで、俺たちがここに来れた」
「うん」
私は墓の前でしゃがみ、墓石をじっと眺める。
──他の王子の策略によって処刑され、失格王子だなんていう不名誉な名前も付けられたアーノルド。
しかし生前は能力も高く、民からとても慕われていたらしい。
なのでアーノルドが断罪されてから、リアーヌ以外にも彼の冤罪を信じる人は少なくなかった。
とはいえ、表向きには大罪人として処刑されてしまった身だ。
大っぴらに墓を建てるわけにもいかず、有志の人たちが集まって、街の外れにこれを作った。
──ということを、王都に来てからたくさんの人々に聞き込みをして、ようやく私たちはこの場所を突き止めたのだ。
「ノーラが聖なる魔女──リアーヌから聞いた話だと、かつての第七王子は冤罪だったらしいな」
とアシュトンが口を動かす。
「ええ」
「しかし魔神となって、世界を恐怖に染めたのは事実なんだろう? その罪は許されるわけがなく──って、そんなことを言わなくてもお前は分かっているか」
アシュトンはそう口をつぐむ。
アーノルドは確かに、悪いことをした。
だけど私はあのリアーヌの話を聞いて、とてもじゃないけど、彼のことを心から憎むことが出来なくなっていた。
だから。
「リアーヌ──聞こえる?」
私は心の内で眠っているリアーヌに、そう話しかけた。
返事はない。
あれから、何度かリアーヌと話してみようと思ったけど、前回みたいなことは二度とならなかった。
でも彼女は『わたしはいつでもここにいる』って言ってくれた。だから消えたりなんかはしていないと思うけどね。
そしてそれだけではない。
『もう一度、アーノルドに会いたい』
あの時のリアーヌの寂しそうな表情を、どうしても忘れることが出来ない。
一部の人はアーノルドの冤罪を信じていたといっても、彼にとっては四面楚歌の状況。
それはリアーヌだって同じことだろう。
心から愛する人が処刑台に上がり、首を切り落とされる。
想像するだけで──喉元からなにかが込み上げてきた。
「あなたの恋人はここで眠っているわ。一度くらいは会いにきたかったでしょ?」
相変わらず返事はない。でも、それでもいいのだ。
私は彼女の寂しさを、少しでも晴らしてあげたい。
アシュトンは私の後ろで、黙って成り行きを見守っている。
もしアシュトンが同じ目に遭ったら──私はどうするかしら?
もちろん冤罪だと知って、アシュトンをそのまま死なせちゃったりするつもりはない。
しかし所詮、私はただの小娘だ。悲劇を防げないかもしれない。
その時、私はリアーヌのように身を投げ出すかしら?
──そんなこと、するわけないじゃない!
って──今までの私だったら、笑い飛ばしていただろう。
でも今は言葉に詰まってしまう。
私にとって、アシュトンはそれくらい大切な人になっていたからだ。
彼がいなくなった時のことを考えると、ぞっとする。泣き叫ぶかもしれない。いつもの私じゃいられなくなるかもしれない。
こんなことを思ったのは、生まれて初めてだった。
そして私たちは長い時間、そこで思いを馳せていた。
「……ノーラ」
「うん」
アシュトンの声を聞いて、私は立ち上がる。
「そろそろ行きましょうか」
「……ああ」
これでリアーヌが満足するか分からない。
私のただの自己満足かもしれない。
だけどこれは、私と彼女が一歩前に進むための儀式みたいなもので──。
──『ありがとう』
「え?」
ビックリして、辺りをきょろきょろする。
「どうした、ノーラ?」
「声が……」
「声? そんなものは聞こえなかったが……」
とアシュトンは不可解そうに首をひねる。
……うん。
どうやら彼女に、私の思いは無事に伝わっていたみたい。
「これからもよろしくね、リアーヌ」
そう言って、私は墓に背を向ける。
これでもう心残りはない。
「付き合わせちゃって、ごめんなさい。アシュトンも王都でしたいことがあるのよね?」
と問いかけると、アシュトンは首肯した。
なんでか分からないけど、いくら聞いても答えてくれないのよね……なにを企んでいるんだか。
「そろそろ教えてちょうだいよ」
「そうだな。なんにせよ、ノーラにも付いてきてもらわなければならないからな」
「……?」
今度は私が首をかしげる番。
脳内で疑問が渦巻いている私に向かって、アシュトンはこう口にした。
「今から──ノーラの父上殿に、結婚のご挨拶に行くぞ」
当作品の二巻が2月2日より、Kラノベブックス様より発売予定です!
よろしくお願いいたします。




