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話が違うと言われても、今更もう知りませんよ 〜婚約破棄された公爵令嬢は第七王子に溺愛される〜【書籍化】  作者: 鬱沢色素
本編

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79/86

79・ありがとう

あとがきに大切なお知らせがあります。

 ──私とアシュトンはジョレットを出て、王都に足を踏み入れていた。



「ここね」



 とあるお墓の前で足を止めた。


 ここは王都でもかなり外れになる場所。

 雑草も伸ばし放題で、ろくに手入れされていないことが分かる。普通の人なら寄り付こうとすらしないでしょうね。私も、王都にこんなところがあるだなんて知らなかったし……。

 そこにひっそりと佇む墓石は所々欠けていた。

 墓石に書かれている文字も掠れているせいで、ちょっと読みにくいけど……確かにこう名前が刻まれている。



『第七王子アーノルド ここに眠る』



「処刑されたとはいえ、こうして墓が残っていてよかったな。そのおかげで、俺たちがここに来れた」

「うん」


 私は墓の前でしゃがみ、墓石をじっと眺める。


 ──他の王子の策略によって処刑され、失格王子だなんていう不名誉な名前も付けられたアーノルド。

 しかし生前は能力も高く、民からとても慕われていたらしい。

 なのでアーノルドが断罪されてから、リアーヌ以外にも彼の冤罪を信じる人は少なくなかった。


 とはいえ、表向きには大罪人として処刑されてしまった身だ。

 大っぴらに墓を建てるわけにもいかず、有志の人たちが集まって、街の外れにこれを作った。


 ──ということを、王都に来てからたくさんの人々に聞き込みをして、ようやく私たちはこの場所を突き止めたのだ。


「ノーラが聖なる魔女──リアーヌから聞いた話だと、かつての第七王子は冤罪だったらしいな」


 とアシュトンが口を動かす。


「ええ」

「しかし魔神となって、世界を恐怖に染めたのは事実なんだろう? その罪は許されるわけがなく──って、そんなことを言わなくてもお前は分かっているか」


 アシュトンはそう口をつぐむ。


 アーノルドは確かに、悪いことをした。

 だけど私はあのリアーヌの話を聞いて、とてもじゃないけど、彼のことを心から憎むことが出来なくなっていた。


 だから。


「リアーヌ──聞こえる?」


 私は心の内で眠っているリアーヌに、そう話しかけた。


 返事はない。

 あれから、何度かリアーヌと話してみようと思ったけど、前回みたいなことは二度とならなかった。

 でも彼女は『わたしはいつでもここにいる』って言ってくれた。だから消えたりなんかはしていないと思うけどね。


 そしてそれだけではない。



『もう一度、アーノルドに会いたい』



 あの時のリアーヌの寂しそうな表情を、どうしても忘れることが出来ない。


 一部の人はアーノルドの冤罪を信じていたといっても、彼にとっては四面楚歌の状況。

 それはリアーヌだって同じことだろう。

 心から愛する人が処刑台に上がり、首を切り落とされる。

 想像するだけで──喉元からなにかが込み上げてきた。


「あなたの恋人はここで眠っているわ。一度くらいは会いにきたかったでしょ?」


 相変わらず返事はない。でも、それでもいいのだ。

 私は彼女の寂しさを、少しでも晴らしてあげたい。


 アシュトンは私の後ろで、黙って成り行きを見守っている。


 もしアシュトンが同じ目に遭ったら──私はどうするかしら?


 もちろん冤罪だと知って、アシュトンをそのまま死なせちゃったりするつもりはない。

 しかし所詮、私はただの小娘だ。悲劇を防げないかもしれない。

 その時、私はリアーヌのように身を投げ出すかしら?



 ──そんなこと、するわけないじゃない!



 って──今までの私だったら、笑い飛ばしていただろう。

 でも今は言葉に詰まってしまう。


 私にとって、アシュトンはそれくらい大切な人になっていたからだ。

 彼がいなくなった時のことを考えると、ぞっとする。泣き叫ぶかもしれない。いつもの私じゃいられなくなるかもしれない。

 こんなことを思ったのは、生まれて初めてだった。



 そして私たちは長い時間、そこで思いを馳せていた。



「……ノーラ」

「うん」


 アシュトンの声を聞いて、私は立ち上がる。


「そろそろ行きましょうか」

「……ああ」


 これでリアーヌが満足するか分からない。

 私のただの自己満足かもしれない。

 だけどこれは、私と彼女が一歩前に進むための儀式みたいなもので──。



 ──『ありがとう』



「え?」


 ビックリして、辺りをきょろきょろする。


「どうした、ノーラ?」

「声が……」

「声? そんなものは聞こえなかったが……」


 とアシュトンは不可解そうに首をひねる。


 ……うん。

 どうやら彼女に、私の思いは無事に伝わっていたみたい。


「これからもよろしくね、リアーヌ」


 そう言って、私は墓に背を向ける。

 これでもう心残りはない。


「付き合わせちゃって、ごめんなさい。アシュトンも王都でしたいことがあるのよね?」


 と問いかけると、アシュトンは首肯した。


 なんでか分からないけど、いくら聞いても答えてくれないのよね……なにを企んでいるんだか。


「そろそろ教えてちょうだいよ」

「そうだな。なんにせよ、ノーラにも付いてきてもらわなければならないからな」

「……?」


 今度は私が首をかしげる番。

 脳内で疑問が渦巻いている私に向かって、アシュトンはこう口にした。


「今から──ノーラの父上殿に、結婚のご挨拶に行くぞ」

当作品の二巻が2月2日より、Kラノベブックス様より発売予定です!

よろしくお願いいたします。

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